ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

リラックスの位置

先月で退職した同僚が職場に挨拶に来た。

少し離れた場所で、事務所の人たちと雑談している声が聴こえた。ときどき、彼女の笑い声も聴こえる。

彼女の声を久しぶりに聴いた、と言うのもあったけれど、誰かと笑っている声がするだけで、離れた場所で仕事をしていた自分は安心する。いいな。と感じる。羨ましいとか私も混ざりたいって意味のいいな。ではなくて、快いな。だ。

 

子供の頃に住んでいた家は、日曜日に親戚を呼んで集まって、祖母が作った手料理を食べたり、大人はお酒呑んだりする機会が多かった。

 

自分と弟は、従兄弟たちと一緒にお寿司や唐揚げやお刺身や炊き込みごはんやファンタオレンジをお腹に詰めこむ。美味しいものが沢山あって、従兄弟と遊んで、普段会えない親戚のおじさんおばさんは面白くて、祖父母はニコニコしていて、若いおばさんが抱っこしている赤ちゃんは可愛いかった。

あちこちから楽しげな声が聴こえて重なって、快いな、と思った。

 

前日の晩に、他県から親戚が来て1泊することもあった。

うとうと眠りかけていると気配で目が覚める。下の階で親戚の叔父さん達、祖父母と両親の声がする。やがて二階の居間に大人達が集まって、軽く呑んだり食べたりするのが聴こえてくる。

自分と弟は隣の部屋で寝てるが、大人達はお酒も入るせいか、ときどきボリュームが大きくなる。

祖母も徐々に相手と同じ話しかたになってくる。故郷の言葉を使っているのが聴こえる。

聴き慣れない言葉遣いやイントネーションが新鮮に感じる。祖母の活きいき弾んだ声が聴こえてくるし、すぐそこに皆んな居るんだな、と思うと楽しくてぜんぜん眠くなんかないはずなのに、いつの間にか寝てしまう。快いな、と思いながら眠ってしまう。

 

快いな、のときの自分は、リラックスしている。もし中心部とか、その場に直接居たとしたら、たぶんリラックスはしてないだろうな。楽しいかもしれないけれど、リラックスではないと思う。

自分の場合、ちょっとだけ外側にいるってのが、いいのかもしれない。

そういえば呼吸法の練習をしたり、考えごとをするときも、自分がちょっとだけ外側に居るような感じがあるな。