ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

少しだけが衝撃にもなる

・先月、職場である件について提案をした。直接に自分が取り組む内容ではなくて、事務や運営関連を担当する数人が執り行なう件なのだが、側から見ていて「このまま(放置、停滞、保留)にしているのはマズいなぁ。」と思うような内容で見直し検討する必要があった。

 

自分はその件、停滞している水面にちょっとだけ渦をかけた。適した時期に種を蒔けた。足もとを懐中電灯で照らした。バラバラな方向を見ているところに、カーンッ!て鐘鳴らして視線を同じ向きに揃えた。

ほんの少し、ちょっとだけ。

 

やがて、それぞれ担当の人たちは動いて調べたり考えたりしていた。見てても活き活きしててなんだか楽しそうだった。取っ掛かりさえあれば、あとは、動けるんだな。と感じた。

こーゆーの、なんて呼べばいいんだろうか。

発破をかける。って言うほどは強くないし、ほのめかす。だと弱い。話しかたとしては、その中間くらいのやつ。

でも、自分が注いだ「いや、コレ、今やらんでどーするよ?やればきっと面白いよ。」って氣の量は、その後の皆を観察していたら、数週間分の動力ぐらいはあるようだった。

 

・その件のメンバーのひとりは、方向が同じに揃ったり、皆が同じ問題について考えだしたことにたいそう感動していた。

「同じこと考えてくれてたんだ。と感じたとたん、心臓がバクバクしたんです!」と。そのことがとても嬉しかったと。いい意味で衝撃だったと。

 

自分がいる立ち位置からすれば、これがあるから次がある。みたいに、因果関係のある繋がったフツーのことだけど、当人にとってはなんだか思いがけない偶然の一致のように映ったようだった。

ああ、シンクロニシティとか、そんな感じに写ったんですね、と話したらシンクロニシティって言葉を初めて聞いたから調べたらしく、またもや感動して、今年の抱負に、いや、人生のテーマにします。と話してくれた。

「ゆうがたヨクサルさんに会えて、いろんなこと始まって、本当によかった。」

ちょ、それはちょっと大げさだろう、と感じるけど、真面目な気質の彼女の、本心からそう言ってるのが溢れて、トンレンで伝わってくる。あー、こんな感じで感動なさったんだな。とゆーのが伝わってくる。

 

自分のどんな想い、氣質が、どう作用するか。その期間は、その広がりは、それぞれに対してどの様なお役に立てたのか。

そんなのは、観察してあとあとに分かってくることだけど、なんだかとてもいい勉強させて貰ってる感じがあった。相手にとってのちょうどいい量、加減ってのは、先ずは体が覚えてくなぁ。