ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

こころには太極図

朝や夜に、涼しくなって虫の声が聞こえてくるようになると、陰陽の太極図を思い出す。

↓こんなやつ。

f:id:yuugataJoxaren:20190916202103j:image

暑かった夏から、少しずつ過ごしやすい時間が増えてきたり、夕方の明るかった時間帯が短くなってきたり、吐く息が白かった冬の終わりに梅の香りがして陽射しがちょっとだけ暖かくなってきたり、爽やかな5月から梅雨になって暑く晴れる日が続くときも太極図を思い出す。

そんで、自分はこの太極図の中に居て、毎日、少しずつ変化していくのを体験してるんだなー、と考える。

暑さのピークに達したあと、少しずつ転じていく様子を、陽射しの強さや明るさの変化を見たり感じたり、虫や鳥の鳴き声を聞いたり、花や草木や雨の匂いを嗅いだり葉っぱの色や枯れていくのを眺めたり、濃くて美味しかった旬の食べ物の味が薄くなってきたり、毎日、少しずつ変化してくのを経験してるんだなー、と実感する。

1ヶ月くらいまえは、白いほうのいちばん膨らんだ丸のとこらへんだったとするならば、最近は、黒いほうの尻尾みたいなとこらへんになるのかなぁ。

そうやって頭の中の太極図と、自分の体験しているのとを照らし合わせていると、太極の中に、ごく小さな点の自分が居て、うろうろしたりボーッと佇んでるように感じてきて、なんだか安心とゆーか、「この中に入れて嬉しい。」みたいな感覚が湧いてくる。

 

白いほうに、目のような黒丸があって、黒いほうにも目のような白丸がある。どちらの側にも反対側の要素が含まれてる。

ぐるぐると、連続して極まって転じては極まって、また転じる。ぐるぐる、ぐるぐる。

毎日の、「季節の変化」というのを例にして太極とはなんぞ、を教わることが、いちばん身近で分かりやすいんだけど、他にも、例えば「自分の気持ち」というのもこの図のように体験できる。

自分の中に、いい奴と酷い奴がいて、閉じこもったり勇気出せたり、笑ったり落ち込んだりする。調子が良くても崩れる要素は内包しているし、調子が悪くても回復できる種がちゃんとあるのだ。だから、ノリに乗ってるときでも心のどっかで「気を付けろよ、そのうち自分で自分の足元すくわれんぞ!」って思うし、スランプやしっくりこないときでも「まあ、そのうち極まって転ずるから大丈夫!」って思えてる。

元来、あまのじゃくな性格なので、この白黒それぞれの中の反対の性質については、感覚的に慣れてるとゆーか、なんとなくわかる気がする。

この太極図を考えて、初めて書いた人は、凄くクールだと思う。すてき。