ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

昨日と今日感じたり思ったこと

昨晩は夕方ごろからガッツリ氣を体内に循環させる練習をした。

・下から上に、上から下に。行ったり来たりは出来上がった流れのリズムに任せて、それを観察する。氣、想いのキャッチボールのような、やり取りがあって、自分は単なる通り路、管のようにしておく。

呼吸法で流れを作っていくと、その後はある程度、自然に巡るので、そのリズムとゆーか、テンポのようなものを感じながら時々、4番に意識を向ける。ひっかかりがないスルー状態で心地よい。

 

頭頂まで行き渡ると、考えごとの自問自答、質疑応答によって、右上だとか左上だとか、体感に違いがあるのがわかってきた。

目線や意識で位置を探ったり変えたりすると、どのような感覚ならそこにとどまれるかもわかってくる。←日常のどんな時にどんな位置を使ってるのかを今後も観察して行こうと思う。

いつもは、わりと右上の感覚、体感の方が優っていて、閃きやヒントなどのやりとりは、そこを相手にする。

今回は左上も試してみたけれど、なんとゆーか、自分にとって、その位置は賢しく大人っぽくもあり、また子供のような、何にでも面白がるような感覚もあった。

そんなこんなで体感的には30分ぐらいなのに、時計をみると2時間とか平気で過ぎてる。それを5時間くらいやった。

 

・今朝は昨晩の練習のせいもあってか、すこぶる落ち着いた感覚があった。いつもと同じ、学校や仕事に向かう人たちが多い駅前や構内なのに、休日の朝のような静けさがある。音が遠いような、自分の周りだけ遮断されてるような静けさだった。←そのように感じてるだけ。

 

・トンレンや自身の体感を観察するとき、意識をどの程度明け渡すといいのか?は、人によって異なるのかもしれないけど、例えば座ってるソファの位置を少し横につめて、もうひとり分をあけて、そこに相手の想い、氣に座ってもらいながらお喋りするような心持ち。ってのが、自分の場合、ちょうどいい。

向かいあって話すのではなくて、隣どうし横に座って、少しだけ離れた前をみながら、ときどき相手の顔を見て笑ったり頷いたりしてるような、そんなふうでいられるならいいなぁ。

日常で、トンレンしたときなどに「この場所の気配、いいなぁ。」とか「このかたの気質、素敵だなぁ。」ってのに出会ったときは、覚えといて真似するといいです。ほかにも音楽でも、絵画でも、品物でもなんでも気に入ったなら、良さを見習うといいです。

 

・職場の同僚と雑談していたとき、流れで3年前の修羅場だったころの話になった。

当時はすごく辛かったし、嫌だったし、めんどくさかったし、ひとりだから寂しかったし、あるだけの手持ちのカードを駆使して夢中で目の前の問題に取り組んでいたけど、終わったときの心の中の悦びとゆーか、役目果たしました!って感覚は最高だったな。

 

ジタバタするの、恥ずかしいし、みっともないんだけど、格好つけれるほどの余裕もなくて、自分の素で立ち向かうしかない状況だった。でも、今思えば、それでよかったと思ってる。

あのとき、少しでも格好つけたり仮面で装ったりしていたら、あれ程短期間で終わることはできなかったと思う。

言葉にするとちょっと不思議なんだけど、自分の「本気」がどんなものか見せてもらえたんだよな。へぇー、そんなふうになるんだー、って自分のことなのにひとごとのように見せてもらった感覚もある。

このようなことを、もっかい思い出して、「ゆうがたヨクサル、頑張ってたなーっ!」って自分で褒め直すことができたから、たまたまとは言え同僚に感謝。