ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

食べながら覚えた

連休中に、何冊か本を読んでいて、親が幼い子供に魚料理を出して、骨を外して食べやすいようにしてやる場面があった。読み終えて何日も経つけど、なぜかいつまでも心に残ってる。

 

もう何年もお魚食べてないけど、子供の頃は夕飯のメニューに魚料理が登場する頻度が多かったように思う。家長である祖父が湘南の漁師の家だったので、祖母も自然とそのような好みの食事内容にしていたのかもしれないし、比較的海に近い横須賀で、新鮮な魚が手に入りやすかったことも理由のひとつだったのかもしれない。

 

焼き魚や煮付け、お刺身やフライを食べながら、このお魚は「アジ」、このお魚は「カレイ」、こっちの刺身は「しこいわし」でこっちのが「ハマチ」だよ、サバの煮付けや塩焼きは、腹身と尻尾のほうとで食感と脂の乗りが違うってのもだんだんと知っていった。魚卵や白子の入ったのや、頭の眼の周りやエラの裏側の身が締まった部位も食べた。

まだ箸がうまく使いこなせない小さかった頃は、焼き魚の骨を親が丁寧に取り除いてくれて、ぽろっと身離れがよくなったやつを食べた。少し成長してからは、隣で大人たちが食べているのを見よう見まねで骨を外していた。

箸の使い方が分かってくると、綺麗に骨を外していく面白さもあった。

「ひだりあたまにみぎしっぽ」お魚が皿の上に乗ってる向きも、大人たちが呪文みたいに話すから面白がって覚えていった。

今はそんなことするのか分からないけれど、当時は煮魚を食べ終えると、皿に残った煮汁にお湯をちょっとだけ注いで飲んだりご飯にかけて食べた。これも、いつもと違う感じがして楽しかった。

子供だから途中で我慢しきれず、まだ骨が残っているうちに食べてしまい、喉や口の中で小骨が刺さって慌てたことも何回もあった。イワシやサンマは骨が細いし柔らかいからまだマシなんだけど、アジとかスズキ、背びれの骨なんかは結構手強かった。喉に刺さった小骨の違和感を感じながら、夜、布団の中で「もしこのままだったらどうなっちゃうんだろう…」と心配しながら眠ることもあったなぁ。大人たちは大丈夫だよ、そのうち取れるんだからと平気そうなのも子供の自分にとっては不思議だった。

よそで魚を食べる機会があって、綺麗に骨を外して食べ終えた皿をみて、大人たちが褒めてくれるのも嬉しかった。

 

食卓に並ぶお魚ひとつとっても、名前や骨の外し方、骨が刺さって慌てたときの対処の仕方、こうするとこうなるよ、という様々なことを教わった。やりながら覚えて知っていく、身につく。というのは、こーゆーことなんだな、と感じる。

 

じぶんで骨が取り除けない子供(レベル、段階)には、まずは親(教える存在)が骨を取り除いたものを提供する。これって他のことにも通じるんじゃないかと、だから本読んだ後も、心に残っているんだと思う。

 

 

 

 

守ってくれたものをみる

東京駅丸の内北口改札前にある東京ステーションギャラリーで開催中の「メスキータ展」に行ってきた。入り口でチケットを購入して、エレベーターで会場に移動する。三階→二階の順路になってるようだ。

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メスキータは美術学校の教師、画家、版画家、デザイナーとして活躍したオランダの芸術家です。

いつものように美術展覧会をネットでチェックしていたとき、東京駅で版画の展示があるとか、東京ステーションギャラリーのこともその時知った。

サイトの中で紹介文があり、その中で次のように述べられていた。

ユダヤ人であったメスキータは、1944年に強制収容所に送られ、そこで家族もろとも殺されました。アトリエに残された作品は、エッシャーや友人たちが持ち帰って命懸けで保管し、戦後すぐに展覧会を開催します。メスキータの名前が忘却されずに残ったのは、エッシャーらの尽力によるところが少なくありません。

ここを読んだとき、心が揺さぶられた。

何があるか分からない、危険な時代の中で、仲間の作品を保管して守ることが、どんなに凄いことか、と。いまの自分が、命がけでなにか物品を守り通すことってあるだろうか?と考えてもちょっと直ぐには思い浮かばない。大切に保管して、現在の日本の、自分が観れる地域で開催してるなら観に行きたいと思ったんだよな。

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展示は版画の木版、エッチングなど白黒のコントラストの効いた人物、動植物を描いた作品が印象的だった。とくに人体の版画などは、立体的な表現をするために手前になる部位や光の当たるところは太い線で彫り(白が多くなる)、後方になる部位になるにつれ線を細く間隔をあけて彫る(黒が多くなる)ようになっていた。人物画の顔などは、曲線の集まったわずかな白黒の線のみで形成されてる。こんなに少ない線で、リアルな表現ができるのか、凄いなー!と思った。そのような表現方法を試した様子がいくつもの作品から見て取れる。

動物の作品で有蹄類は特にシュッとしたツノや体型や毛皮の感じが版画にすると凄くカッコいい。あと、作品の紙がペラペラの薄い透けるような材質だったり、厚紙だったり額縁の端っこの紙質が見れて凄くいい。

 

版画は彫ったのとは逆の、反転した状態の絵になる。何度も試しに刷って、少しずつ手を加えて出来上がるのが一般的らしく、展示作品には、これは何度めの状態、こっちは最終的な状態の絵です。と出来上がって行く過程の作品も観ることができた。

紙に反転された絵を裏返したものや、刷りたてのインクの乾かないうちに紙を当てて写して、原版と同じ状態で表すこともあるよと、展示の横に書いてある説明文は、興味深くて分かりやすく、これ書いてくれた人ともっと話したいような気持ちになった。

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↑写真撮影可能のコーナーがあって、皆さん記念に撮影していた。そこそこ混んでいたんだけど、人が居なくなった瞬間を待って撮影したところ↓

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このギャラリーは、東京駅の敷地内にある。東京駅は2003年に重要文化財に指定されていて、通路の所々に説明文があった。壁は赤レンガでできていて、ところどころ欠けていたり、レンガが抜けて穴が空いていたり、焦げた木が埋まっていて、自分が生まれるずっと前からある既存のレンガや鉄骨を目の前でじっくり眺めることができる。ときどき、階段や人通りが少ない箇所では木の香りがする。凄くいい。

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↑ギャラリー二階を出て、回廊から駅舎の天井を見たところ。窓の形とか色とか凄くいい。戦災で屋根などが焼失、復興工事してからのち、免震化の為当時の建材を保存しつつ補強復元工事がなされている。

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ドームの下は丸の内北口改札の広場。

いま思い出したけど、自分が5、6歳のころ、母と弟と祖母とで東京で昼ごはん食べて、その行きだか帰りだかに、この二階の回廊から、「ここが東京駅だよ。」と教えてもらって、こんな感じで見た記憶がある。ここだったのかーっ!

 

展示を観終えてから、八重洲地下街にあるエリックサウスさんで昼ごはんを食べた。

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ランチタイムの終わる15時から、ベジタブルビリヤニが注文できるのを知ってたので、15時ジャストに入店した。ビリヤニには野菜カレーとライタ(無糖ヨーグルト)が付くんだけれど、ライタ抜きでお願いしたら替わりにサラダを増して下さった。

食べ進めるうちにスパイスの香りと辛さがじわじわ来るのが凄くいい。いつも思うんだけど、南インドカレーを食べ終えたときの多幸感とゆーのは、ほかの食事と比べてケタが違う気がする。

美術鑑賞してビリヤニ食べてポカポカしていい気分になりながら横浜に帰ってきて、明日もまだ休みだなんて、夏休み最高だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4ミリくらいが扱いやすい

おやつにクッキーを作った。白崎裕子さんの「かんたんお菓子」に載ってるビスケットのレシピの材料を少し変更(アーモンドプードルをココナッツファインに変更)して作った。計量ミスして少し失敗した。

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ココアパウダー入りと、全粒粉入りの2種類。ベーキングパウダーをひとつまみ加えるので、少しふっくらした仕上がりになる。

4ミリの厚みの木の棒を、生地の両サイドに置いて、麺棒で伸ばすと生地も4ミリになる。棒がなければ割り箸とか菜箸とかも使える。3ミリくらい薄いほうが好みなんだけど型抜きのし易さとか焼いたときの裏表の感じとかは4ミリくらいのほうがいいかもしれない。

 

クッキー型がなくても、例えば小さじスプーンですくってすり切りした生地を、丸めてフォークの背で潰して平らにしたり、くぼみをつけたりして

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ジャムとか適当に具をのせて焼くこともある。

下の画像のやつは、生地が崩れやすいタイプなのでひび割れた仕上がりになってる。

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冬なら焼き上がったクッキーのくぼみにチョコレート流したり、ピーナツバターやマーマレード詰めてチョコレートでコーティングするコッテリまったり系は、夏には食べたくならない。クッキー自体そんなには食べたくならないけど、最近はメープルシロップ半減してそのぶんレモン汁使うクッキーを焼きます。

 

 

 

 

 

 

順番が逆でも現れる状態は同じ

ミニビーストと二足歩行ロボットは、風車で風を受ける。

風が風車に当たると、風車に繋がる棒が回る。棒が回る先には歯車があって、別の歯車のギザギザに噛み合い回る。歯車に繋がるクランクが動くと、クランクに繋がる各パーツのロッドが動く。ロッドはそれぞの部位にも繋がっているから、それぞれの部位が動く。部位のひとつである脚は、接地する地面の位置を少しずつ移動する。違う言葉で表現するなら「歩く」だ。

 

夕方ごろから、ずっと気になって、ブツブツ繰り返しながらこのことを考えている(←はた目には怪しいけど)。目の前には、作ったミニビーストと二足歩行ロボ君がある。気になってるから手に持って触る。

風車は自分の体でいうと、チャクラみたいなことになるのかなぁ。と、思いながら風車を指で回す。脚が動く。

今度は脚を動かしてみる。脚に繋がるロッドがクランクを回して、クランクが歯車を回し、風車も回る。風車が回ると、風が吹く。さっきとは逆のやり方でも現れる状態は同じなんだな、と分かる。

 

自分の体のチャクラが回ると、気脈や管を通って、それぞれの部位が動いたり活性化する。

それぞれの部位を動かしたり活性化すれば、管や気脈やチャクラに流れる。

風を受けると風車がまわる。風車が回れば風が起きる。受ける風は、周りの人達や物事にも喩えられそうだ。与える風は、周りの人達や物事をかき混ぜる。かき混ざった風が再び自分の風車に当たって、自分の体を巡ってそれぞれの部位が動く。

どのパーツも、それぞれに繋がっていて、関連してひとつの動き、まとまりとして現れてる。どのパーツも主役といえるし、下支えの頼もしさもあるな。幾らでも分けようとすれば分けれるし、まとめようとすればまとまるなぁ。 

うん。なるほど。コレってなんだか凄く大切なことに触れてる感じがするな。手で持って触っていじってるだけだが、感覚的には教わってるみたいな気持ちがする。今後、もっとゆっくりこのこと、噛み噛みして、味わって、探ろうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

二足歩行ロボ

昨日のミニビーストと一緒に購入した「テオ・ヤンセン式二足歩行ロボット」を作ります。

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風車のシャフトと歯車によりクランクが回り、両脚が動いて歩きます。外装箱の中身はこんな感じ。昨日のミニビーストよりはバリ取り作業するパーツは少なめ↓

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左脚となるパーツを組み合わせていく。今回はネジ止め作業がある。眼鏡のフレームに使われてるネジぐらい小さくて手持ちのいちばん細長いドライバーでギリギリなんとか止めることができた。

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左右の脚によって、取り付けるロッドが異なったりするので気が抜けない。腰が痛くて全然作業がはかどらない↓

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背骨と股関節みたいな部分に棒を通してナットを締める↓

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↓クランクを取り付ける。この2日間で、物を動かすのにクランクがどれだけ活躍してるのかを知った。クランクを考えたひとは凄いな。

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↓風車に繋がる棒を差し込んで、歯車2つを取り付ける。二足歩行する原理がだんだんわかってきたぞ!腰はかなり痛いが、楽しくて作業の手が止まらない。

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↑金属の球をチューブに詰める。最初、コレ何に使うんだろう?と思ったが、本体に取り付けてみると、意味が判った。片脚を持ち上げると球が移動して、重心と勢いがつくのか、なるほど↓

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前進しながら倒れないようにバランス取るために、アキレス腱みたいなパーツやシリコンの滑り止めが付く。ネジの長さを調整することによって、歩き方が変わる。自分が歩行するのに、これ以上の複雑さで筋肉や骨や皮膚が可動してるのか。二本足で歩くのって凄い事だと思った↓

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ブレードを両面テープで固定していきます。それ用に設計されてるから当たり前なんだろうけど、風車の本体とブレードのカーブがぴったり合うことに感銘を受けた↓

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風車を取り付けて、完成!

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昨日のミニビーストと二足歩行ロボット、どちらも風を当てて歩く姿がかわいい。二足歩行ロボットのほうは、扇風機の強風だと倒れちゃうが、その姿も可愛いらしい。作りながら、動く仕組みが分かって面白かった。どのパーツも、隣り合う部分の役に立っていて、それら全部が組み合わさって動いてるの、素敵だ。

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いつかテオ・ヤンセンさんのストランドビースト、観にいきたい。

 

ミニビースト

先日の「博物ふぇすてぃばる」で購入した、テオ・ヤンセンさんのミニビーストを作ります。風車に風があたると歯車が動き、本体のクランクシャフトに連動する脚が動いて、横移動します。

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外装カバーを外した箱の中身はこんな感じ。ごちゃごちゃ詰まってて作れるのかなぁ?と弱気になるが、先ずは説明書を読みながら各パーツをランナーから取り外していくか。

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↑取り外したパーツのバリは、カッターとヤスリで削る↓

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ランナーから切り離してバリ除去した各パーツは説明書に書いてあったアルファベットごとにまとめる。ここまでやると、だいぶ親しみが持てる。料理で例えるなら野菜を洗って皮むいて適切なサイズにカットした状態とでも言おうか。

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↓シリコンのゴム足をスリットに合わせてはめるところ。これを12個作る

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三角2つにコンロッド大小をはめて脚を12脚作ったところ↓

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背骨となるアルファベットAよのうなフレームにクランクシャフトをはめて、左右の脚にワンタッチロッドを取り付けつつ背骨にパチパチはめていく↓

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関節にロッドをはめてくだけなのだが、グラグラ動くので固定させつつ作業するのがちょっとだけ難しかった↓

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2組み作る。クランクをまわしてみると、ワシャワシャと脚が動くので面白い。すでに生き物感が少しある↓

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残りはこんな感じ。もうすぐ終わる↓

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左右の脚にシャフト棒を通して留め具をつける。背骨に輪ゴムを引っ掛けてバラバラにならないよう固定させる↓

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細長い両面テープでブレードを貼り付け風車を作る。骨組み部分はそれぞれ角度がついており、この角度に風が当たって回るのかなるほど、と思う。ブレードは思ってたより頑丈だった↓

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本体フレームに歯車2つ付けて、風車も付けて完成!

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さっそく扇風機の風を当てて、そこら辺を歩かせてみた。ノコノコ横歩きする蟹っぽさよ、かわいい…

説明書には組み立て作業時間1.5時間ぐらいと書いてあったけど、バリ取りとか撮影したりだったので3時間くらいかかった。これはミニチュアだけど、テオ・ヤンセンさんはもっと大きなサイズを作ってるんだから、何日もかけて出来上がるんだよな。

じつはもう一箱買ってあるので、続きます。

 

 

 

 

 

 

カタツムリの花見

・何かのコミュニティやチームなどに関わっているとき、「これからこうなっていくんだろうな。」といくつかのシナリオのようなものが浮かぶ時がある。その中には、自分や周りの人たちにとって、より良くなりそうなシナリオもある。

その場面やより良くなってるイメージなどがあって、或いは、酷いことにならないように、自分もより良くに向けて参加して協力するとき、何ヶ月も何年もかかることもある。

わりかしせっかちな部分もあって、イメージがあるだけにもっと早く、早く!と急かしてしまって、要らぬストレスを抱えることもある。

完璧主義の芽が伸びて、目の前のことが、思っていたやり方や動きではなくて、もどかしさから、ついイライラしそうになることもある。でも、俯瞰してその方向を見れば、なんだ、大丈夫じゃない。って、なってる。

細かいところは目をつぶって、大まかな方向が正しいのならまあ、いいか。と考えられるようになってる。

そんな感じで、何年も前からずっと「こうなったら、今よりはいいのになー。」ってことを、今日、変化のひとつとして出くわした。

自分が参加、協力してようが、していまいが、そうなるようになっていたのかもしれないし、自分や周りの人たちが、いまやっとそのレベルになったからそうなった。のかもしれないし、そんなのとは全然違う要因があったからかもしれない。

そうなると思っていても、いつのまにか元に戻ってしまうかもしれないし、より良くを目指していたけどやっぱりダメな方向にひっくり返るかもしれない。

 

いずれにせよ、何かと何かが繋がったり離れたり、成功したり失敗したり、縁起して、時とタイミングと人とものとが組み合わさって絡まって、いまの地点に立ってる。

この立ってる地点に、自分が今いて、この先とか、次はどうなるのか、さっぱりわからないんだけど、周りをよくよく観察して、出来ることを考えて行動する。を繰り返してたら、結局はそうなっていって、後悔がない進み方をしてるから、まあ、いいんじゃないかな。と思った。

 

・もしカタツムリが、アサガオのつぼみが開いていくのを観察するならば、その様子ははどのように見えるのだろか。と思った。

人が打ち上げ花火を見るときのように、カタツムリにとって、あっとゆーま。ってのは、どんなことなのかなぁ。