ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

ぱーっと明るいやつ

来週退職する職場の同僚はアイスコーヒーが好きなので、カフェベースをプレゼントしようと思って、仕事帰りにコーヒーショップに寄りました。

瓶詰めカフェベースを会計して、ギフト用にラッピングしますのでお待ちしている間にどうぞと、試飲サイズのコーヒーをいただきました。飲みながら席で待ちました。

 

店員さんがラッピングしてくださったものを席まで持ってきてくださったので「わー、可愛いく包んでくださってありがとうございます。」とお礼を述べました。

途端に、ぱーっと明るい氣を受けました。コレは店員さんが発してる気持ち(氣)で、笑顔になって「ありがとうございます!」とおっしゃってました。

 

このようなときの「ありがとう」とか「嬉しい」とか「喜んでいる状態」の氣とゆーのは、いっきに放たれるせいか、ぱーっと、明るくて軽やかで、しばらくのあいだ身体と心に余韻が残り、心地よいですね。

 

 

静かだけど熱気は変わらず

今日は仕事帰りに、バスマティライス2kg、豆1kg、スパイス数種を買いに中華街へ行きました。重かった。

 

いつものように中華街に向かう途中、横浜スタジアム前を通りました。野球の試合があったようで、照明が眩しく、応援のラッパや太鼓や手拍子やメガホンを叩く音は聴こえてきますが、声は注意を向けなければ外からは聴きとれない程度で、場内にどれぐらいの人たちがいるのかも判りません。なんだか、声が足りないとゆーか、静かに感じます。

 

でもスタジアムに近い場所を歩きだしたときに建物側から、大きくて躍動感のある、沢山の人が発する元気な気配が、ザワザワと自分の身体に当たってきました。

熱気溢れるこのような気配は、久しぶりです。

 

以前のように、歓声がウオー!とかワーッ‼︎とかキャ〜!だとかあがっていれば「おお、盛り上がってんなぁ。沢山人が居るなぁ。」と、外にいてもなんとなくわかりやすいですが、今晩のような声が出せない場面とゆーか、制限下においても、沢山の人が集まって発する、楽しい気配や盛り上がり感は、大きく元気であり、変わらんのだな。と、改めて思いました。

 

トンレンできてよかった〜。

 

 

音がするときも、しないときもある

どなたでも経験なさっておられるとは思いますが、たとえばたまたま読んだ本の、ある部分でグッときて心に響いたり、映画館で観たワンシーンで身体中の血がふつふつ騒つくように、感動したり印象に残ることがあります。

 

電車の中や、ひとりでぼんやり考えごとをしているとき、感動した出来事を思い出すと、足元から腰にかけてザワザワ、ジーンとなって、ああ、アレは実にいいものだったなぁ。としみじみすることもあります。

 

これに加えて、なんの気なしに、読んだり観たり、話を聴いていたりするときに、頭の中でボワーッ!ボワーッ!と音がしてこめかみや頭頂がザワザワし始めることもあります。

呼吸法の練習中、頭頂開調息をするときのように、氣の流れが起きるので「お、来たな…。」とすぐ分かります。

 

心の準備もないままに、日常でふいに訪れるボワ音は、自分へのサインとみなしています。

「ここ、あなたにとって超大事なことだし、非常に優れた内容だから、覚えときなさいよ。」と、まるで誰かが忠告してくれてるような感じです。

この体感で自分がどれほど勉強になったことか。ありがたい。

 

ボワ音は、呼吸法を練習するようになって気付く様になりましたが、無音で静かに体感だけのときもあります。そのような場合も、即座に自分の中に起きる意識や体感を観察しています。

無音の場合は、頭頂からなんか降ってくるような、光線を浴びてるような感じで、最終的には胸やらお腹やらのチャクラに降り立ち、その違いや後日の経過も観察するようにして、アレは一体何の意味があったのかなぁ。と考えたりしています。

大雑把に言葉にすると、「勘」とか「直感」です。

 

人の氣の流れとゆーのは、足や股の間から頭頂に向かうのですが、その逆に向かう流れというものはとても静かできめ細かいです。きめ細かくて静かだからこそ、逆の流れでも抵抗なく、引っかかりがなく、スッと受け入れられるのかなぁ。絶妙だなぁ。と思います。

一滴

朝、駅に向かって歩いてるときに雨が降ってきました。

傘を刺すほどではないので、雨が顔にポツポツ当たりながらそのままにしてました。

この雨の一滴、一滴が顔や手に触れるたびに思います。

自分の真上に広がる空の、あんなに高い位置にある雲の中から、地上の自分のいるところにやってきたのかと。

 

雲の氷の粒だか結晶だかの水分が、一滴の雨になってここまできたことに改めて驚いて、凄いことだな。と思います。

でも、ただそれだけのこと。ってふうにも思います。

 

凄いことなのに、ただそれだけのこと。とふたつ感じている自分のこの感覚や状態は、結構気に入っています。

 

日干し

洗濯してパリッと乾燥した、天日干しの布団(自分は寝袋使用してます)の匂いや肌触りが大好きです。

 

子供の頃なら、干して取り込んだ布団に乗っかったり、フカフカのところに顔を埋めたりしようものなら直ぐに叱られるところですが、大人になった今となっては、ひとりでウヒョーと歓びながら顔埋め放題、ぎゅっとハグし放題です。

 

ほかほかフカフカで、使い込んで劣化した綿の独特の匂いはうっとり、安心する気持ちになります。

ふと、このような心境で、いつも過ごせたらいいな、という思いから、この状態を、氣的な質感としてとどめられないかなぁ。と考えました。

顔埋め放題のときに、自分が感じてるリラックス状態、ちょっとウキウキしてて安心してる状態を自己トンレンして、その質感を覚えておいて、他の時間帯に思い出して再現可能かどうか。を試しています。

 

ああ、ゆうがたヨクサルが、またトンレン行をしょーもない事に使っているな。と、言われそうだし、人や物に宿る氣でもなく「日干しの恵み」を対象化するのって、ちょっと難しいけれど、やらずにおられぬ今日この頃。

 

冷饂飩

今日の晩ごはんはワンタンを茹でました。f:id:yuugataJoxaren:20210818203338j:image

 

ワンタンの皮がメインなので、中身はちょっとだけ入ってれば、なんでもいいのですが、今回は冷蔵庫にある残り物の糖絞り大根、コーン、アーモンドをフードプロセッサーで細かくしたものを包みました。

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皮のふちに水をつけて三角にして、沸騰したお湯でサッと茹でたら、氷水に投入。

今回は三つ葉を刻んだものを散らしました。

タレは砂糖とお酢、醤油と胡麻油と豆板醤を混ぜたものをかけてあります。ピーナッツがあれば刻んで散らしても美味しいです。

 

ツルッとした感触が気持ちいいし、肉を使わないぶん、加熱時間も短くてすむ(皮に火が通ればいい)ので、ときどき作って食べます。うどんや餃子ほどガッツリしてないところも気に入ってます。

 

 

もう1枚重ねる

先週から呼吸法は6段目の6番チャクラの呼吸に進みました。

やる事は引き続き、今迄練習してきた積み重ねに、もう1枚重ねていくようなコツコツと地道なものですが楽しいです。

 

6段目は内丹法の呼吸法だからなのか、椅子に座ってやるのもいいですが、立った状態で行うとなんかこう、「する〜っ…」とやり易さを感じます。

もう何年も、何度もやってて、呼吸法をするときも、そうでないときも常に氣感を持てているのですが、それを受け入れている今でさえも「氣ってなんだろう。コレってなんだろう」と考えてます。