ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

少しずつ柔らかく

柔らかくなったなー、と思うときがある。

「性格や態度がキツくて刺々しい角が取れてくるさまを丸くなる」と言ったりするけど、自分の場合は角が取れたというよりは角も含めて揉み込まれて柔らかくなってきたな、というほうが感覚的にはしっくりきてる。

まだまだ丸にはほど遠いが、いびつなりに柔らかいと衝撃も少なく、自分のほうからその形に変形すればいいから、どんな形になろうかなと考えてやってみるとゆー面白さもある。

 

「柳に風」という言い方がある。これはそうとう上級者向けの感じがするけど、いいなぁ。憧れる。

そこまでいかなくても、なんとか衝撃から逃げたり避けたり、かわしたりするやり方、こっちのほうが今までは出番が多かった。そこに柔らかく受け止める。が加わった。

小学生のときにやったドッジボールでいうと、攻撃側のボールが自分に当たらないようにいつも逃げてるだけだったのが、投げる人とボールをしっかり見てボールを受けとれたー。って感じだろうか。

「柔らかい」にはポカポカした明るい芯がある。それに、器と、そこに盛られる気量と質、観察と分析と直感で出来てるっぽい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青いけど青くない

岸から海を眺めると、海水の色は青だったり緑だったり灰色だったりする。でももし実際に海水を手にすくってみたら、青や緑や灰色ではなくてほぼ透明になる。波しぶきが白くても、すくってみるとしたら、白くない。

空の色も青や黒やオレンジ色にみえるけど、もし実際に空の上に(飛行機とかで)いたら、青や黒やオレンジ色にはならない。

真っ白な雲も、もし触れるくらい近くにいたら、白くは見えない。

信号待ちで向かいにある街路樹を眺める。ああ、「木」だなぁ。と思うけど、葉っぱと枝とザラザラした幹があって鳩が枝に止まってるだけだ。葉っぱだけ見てコレは木です。とは言えないし、枝だけ見て木だね。とも言えないし、幹だけ見て木だよ。とも言いにくい。どれも部分から成って全体をまとめてそれを仮に「木」と呼んでるだけだ。

 

離れた位置でみるときは、色がついてるようにみえても、近くで一部分を見てみると同じような色がついてない。ってことは不思議だけど、それは当たり前のこととして、そーゆうもんだよ、と了解してる。葉と枝と幹を見重ねて、瞬時に木として当たり前に了解してる。

あるのに無いし、無いけどある。ってことが、不思議だけどそーゆうもんだよ、で済んでるなぁ。

 

体のどこ探しても決め手となるものが見つからないのに、ちゃんとここに自分があるように、不思議だけど、そーゆうもんだよなぁ。って受け入れられるとゆーか、それで済んでるのは凄いことだ。と、昨晩はずっと考えてた。

プラジュニャーパーラミータフリダヤのこと考えるとき、海とか空とか雲とか、周りの木とか物とかじぶんとかが、一緒になって考えてくれてる。

 

 

 

 

 

 

 

治ると良さが強まる

・去年12月のある日、昼食にパスタを食べだしたら奥歯が痛くなった。1週間ほど様子見てたら夜中痛みで目が覚めるレベルになった。歯科医院の予約して更に1週間の間、今度は痛みがどんどんなくなってきてなんで?って思った。予約した日に歯科医院に行ってレントゲン撮って見てもらったら少しだけ腫れてるから金属外して中の様子を見ましょうとなって、治療は年明けにすることになった。

年末年始は用心して片側で噛んで食事した。治療に2週間かけたので約6週間、片側で食事した。

昨晩、全ての治療が終わって今日の昼ごはんは両側の歯で食事したらとても美味しかった。片側で噛んでいた時よりも味をより一層強く感じられるし、顎が楽だし、歯茎に負荷がかからない。

歯が痛くなる前までの食事のときは、フツーに美味しく頂いていたし、治療中に片側だけで食事して、まあこれもそれなりに美味しく頂いておりましたが、久しぶりに両側でよく噛んで食べることの良さは、フツーってこんなにいいものなんだ。と改めて感謝の気持ちが湧いてくる。

 

・フツーに両側でできてることを片方だけでする。ということが、負担が強まったり良さを活かせないとか減らしちゃうことになるんだな。と思った。

もともと半分くらいの質や物事が当たり前。みたいな場合、もう半分くらい質が高まったり量が増えたら、負担が軽くなったり良さが増えたりする。ってこともあるだろうな。

 

この例えがあってるかちょっとわからないけれど、美味しいご飯を一人で食べるのもいいんだけど、誰かと一緒に美味しいもの分けあって食べたりしたらもっと美味しさとか楽しさだとかが増えるな。とか。

本来なら2人で協力して取り組むことを、訳あって1人だけでやらなくてはならない、って場合、負荷のかかり方は相当だろうな。とか。

 

当たり前にできてることが、出来なくなったとき、それまでの当たり前に出来ていたことが素晴らく感じる。当たり前のときにはそんなこと思ったりしなかったのに、後から懐かしく素敵なものに感じてくる。

これは、「後」になったから、そう思うように出来てるのか、それとも「最中」も本当は素晴らしいのに気付けない自分が鈍いのか。

もともとフツーって最高!と思ってるんだけど、そーやって経験するうちに、後でも最中だろうとなんだろうと、生きてるだけで儲けもん。みたいに、しみじみ感じれるようになるんだろうか。と、ご飯食べながら考えた。

帯がキツかった

今朝は数組のお母さんと娘さんの親子が乗車していた。今から晴れ着とか髪を結ってもらうんだろうな、と思った。

どちらかとゆーと、娘さんよりお母さんのほうが、さあさあ、これから忙しいわよ!って感じで、テンション高いように感じた。きっと嬉しくて誇らしいんだろうなぁ。車両の気配もなんだかウキウキしていた。成人の皆さまおめでとうございます。

 

以下、どーでもいい話なのでここで読み終えても全然問題ありません。

自分は成人式の晴れ着を着なかった。

周りの友人達はキャッキャ、うふふと楽しそうに着飾って、やれ彼氏だ職場だと知り合いのところに見せに回っていたらしいが、自分の職場はお祝いだからと休みくれたので実家でギター弾いたり本読んでのんびり過ごしていた。

夕方ごろに友人達から集まりの誘いの電話があって、自分以外の友人達が晴れ着を着ていたことがバレて母親はがっかり&激怒していた。親の立場からすれば、なんかしてやりたかったのかもなぁ、と、今朝の電車の中のお母さんたちのテンションをみてそう思った。

 

7歳の時の七五三で着物を着た。

神社にお詣りに行く前に、朝から近所の美容院で髪結って着付けもしてもらった。髪の毛を引っ張られて結んで、白粉塗って目尻と唇に紅をつけてもらった。着物を着たら帯も足袋もキツくて息がしずらかった。ちょっと下向くだけでも懐に差し込む財布飾りや髪飾りがボトボト落ちる。

袖を気遣い、慣れない草履を履き、叱られながらよろよろ歩いて苦行としか言いようがない長〜いお詣りのあと、さあ終わった、着物脱げるぞと思っていたら、親戚一同が集まってお祝いの会席が始まるからまだ着てろと言われた。

自分は初孫だったし、親戚の中では初めての七五三だったから、叔父さんも叔母さんも、家族も近所の人達も皆んな見にきてはチヤホヤしてくる。

チヤホヤされんの嫌なんだよ!

宴会のご馳走は着物がキツくてたいして食べれないし、目の横のお化粧がチリチリ違和感あって不愉快だった。

千歳飴は不二家のミルキー千歳飴にしてくれる、と約束していたのに、当日は和菓子屋さんとかでこしらえた本格的なやつを手渡された。

宴もたけなわ、大人たちは酔っ払ってきたし、食事もだいぶ終わってきたし、そろそろ脱いでもいいんじゃないかな?と思って母親に提案したら、せっかく着てるんだからもう少し着てろと言われる。

 

着物はキツいし、飾りはボトボト落ちるし、化粧は違和感あるし、ご馳走は食べれないし、期待していたミルキー千歳飴じゃないし、お人形みたいにじっとして、じろじろ見られて、あと何時間我慢してたらいいんだろう…と思ったらだんだん涙が出てきて、感情が爆発して半ギレ状態、親戚の叔母さんたちがオロオロして自分と母親とケンカになったのを憶えてる。

 

それ以来、二度と着物は着ない‼︎成人式は着ないからな!と事あるごとに言ってた。他所の人達の晴れ着を観るのは愉しいし、綺麗だなーと思うんだけど、自分が着るのは勘弁願いたい。

 

 

 

 

もらい泣きトンレン

手作りチョコレート用の材料をスーパーで見かけるようになった。バレンタインか。もうそんな季節なんだなぁ。と思った。

 

以前、クッキーの型をプレゼントに貰ったことがある。とても嬉しかったので、貰った型を使ってクッキー焼いてお礼に渡そうと思った。お礼に渡すクッキーは、プレゼントしてくれた彼女も参加するトンレンの集まりに持っていくことにした。

試作に苦戦したり、雑用や仕事で時間が取れなくてバタバタした1か月間は、大変なことも含めて愉しい時間だった。もともと作るの好きだから苦にならないのだ。

 

集まりのある日の前日、仕事から帰ってきて5種類を作りだした。彼女含めた参加者10人分くらいの量だから、1種類でも結構時間がかかっていたようで、計量、作成、袋詰め、器具洗いを夢中で繰り返していたら朝の4時半だった。3時間だけ寝て、支度して作ったお菓子を抱えて集まりに向かった。寝不足とか大変だったそんなことよりも、クッキー型をプレゼントしてくれた彼女にお礼を言ってお菓子渡したらどんなかなぁ?とワクワクする気持ちの方が強かった。もともと作るの好きだから苦にならないのだ。

 

集まりで、たまたま彼女と自分が2人きりになる時間があった。作ってきたお菓子を渡して、自分は貰ったクッキー型のこと話して、彼女はクッキーを1枚かじった。黙り込んでいる。あれ?クッキー、美味しくなかったかのかなぁ…?

ポロポロ涙こぼして泣いてる。あ、あれっ?かなり不味い味だったのかなぁ…?

「…こんなに心のこもったクッキー食べたの初めてだよ。」と言ってくれた。

 

自分は隣に座っていたので、彼女が泣いてるときの感情の波が、氣として自分に入ってくる。それはトンレンの状態なので、氣が入ってきて自分にトレースされて、彼女と同じ気持ちになってくる。だから、いたって平常心、フツーにニコニコしてた自分も、同じように涙が出てくるのだ。俗にいうところの「もらい泣き」ってやつだ。

 

その氣の波は、不安とか、申し訳ないとか、安心したとか、嬉しいとかが、いくつも連なった想いだった。

 

自分はお菓子作るの好きだけど、彼女はそのような作業は苦手らしいってのを、他の人からは聞いていた。

よく考えもせずクッキーの型をプレゼントしたはいいけど、思いのほか喜んでくれて、何日も試作とか色々やってた自分を見て、逆に申し訳なく思っていたと。そーかぁ、なるほど。苦手な人からすれば、それら一連の作業は辛いものとしか映らないだろうな。

自分が好きなことをやればやる程、辛い自責の気持ちが膨らんだと思うと、複雑な気持ちになる。

でも、クッキー作って持ってきたのを見て、食べてみて、その申し訳ない気持ちが取り越し苦労だったことを自覚して、ホッと安心して気が緩んで涙が出たんだと思う。きっと、日々の暮らしの中でも、色んなこと、思いつめて頑張っているんだろうなと思った。

 

あのときの、彼女のことを思い出す。それが苦手だったり好きだったりで、物ごと、景色は全然違うように映ってるんだな。とゆーことを改めて教えてもらった。クッキー渡したとき、ありがとうって言ってくれたけど、こちらこそいい経験をありがとうって思ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甚五郎の福鼠

今年は子年で、自分や友人や親しい人たちもねずみどし。普段からたいして干支を意識していなかったけれど、11月頃からは年賀状や挨拶の折に話題になることが多かった。

ねずみで思い出すのは落語の「ねずみ」。有名な日光東照宮の眠り猫を彫ったと云われる左甚五郎が登場する。

旅さきで客引きの子供に会って、宿屋ねずみ屋に甚五郎が泊まることになる。腰を痛めて伏せっている父親と子供の2人で営んでいて、宿は物置き小屋を改造したやつだからボロくて狭い。

ねずみ屋の斜向かいに立派な旅籠屋の虎屋あって、腰を痛めた父親と子供は元は虎屋の主人と息子だった。なんで今、このような小屋で宿屋をしてるかとゆーと、って感じで話が続く。最後のオチの部分は勿論のこと、始めから終わりまで面白くて好きな話だ。

布団に潜って寝るとき、ねずみの落語を聴きながらボロい宿屋や、立派な旅籠屋、甚五郎が彫ったねずみを想像するのはとても愉しい。

甚五郎がねずみに向かって話しかけるときの言葉もグッとくる。

江戸時代の宿屋や木彫りのねずみを想像するのは難しいけど面白い。毎回、自分の頭の中で、好きなように想像してはクスッと笑ったりジーンとしたりする。

 

もう一つねずみネタで思い浮かぶのは、サキ短編集の本にはいってる「二十日鼠」という話。

昔の汽車で、コンパートメントタイプの座席に座った主人公の服の中には、二十日鼠が潜り込んでしまって体をうろちょろする。

先に乗車していた1人旅の女性客の前で、気付かれないようにねずみを追い出そうと格闘する。って感じで話が進む。

初めて読んだとき、結末に面白さとセンスの良さを感じて「うおー!凄い‼︎」となった。

汽車に座る淑女とか、内心焦りつつもカッコ付けようと必死な男性とを想像するのは難しいけど面白い。

どちらも同じねずみ。甚五郎のネズミは人から喜ばれるけど、サキのねずみは憎らしい厄介なものとして描かれるが、話を聴いてたり読んでるこちらとしてはどっちも面白い。

 

ダニエル・キイスアルジャーノンに花束を」にもネズミが登場する。臨床試験を受けた主人公は、動物実験のためのねずみ、アルジャーノンのことを日記に書く。

映画の「ラストエンペラー」では、皇帝溥儀が子供の頃に寂しさを紛らすために、こっそり白ねずみを友達にする。

このふたつに出てくるねずみは、落語とサキ短編集の2つと比べると悲しい。

嫌われたり、可愛がられたり、面白がられたり悲しまれたり、小さい生き物だけど物語の中では大きな役目になったりするなぁ。と、布団の中で、落語のねずみ聴きながら考えて眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お雑煮、映画、散歩

戸塚駅直結の駅ビル、ラピス2にある「トンタン茶房」さんでビーガン雑煮を食べた。白味噌仕立てで根菜と葉物、玄米のお餅が昆布敷いた上に2つ盛ってある。柚子の皮がひと擦り添えてあるので香りがとても良い。毎年、お正月っぽい食べ物は、トンレン茶房さんで食べるのが定番になってきた。

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毎年の年始に映画を観るのも恒例になってる。横浜市営地下鉄阪東橋駅京急線の黄金町の間にあるミニシアター「シネマジャック&ベティ」さんで「ドルフィン・マン」を観た。

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フリーダイビングで有名なジャック・マイヨールさんの人生を、当時の映像や関係者のインタビューで構成し、リュック・ベッソン監督の「グランブルー」で主人公を演じたジャン=マルク・バールさんがナレーションをしています。

うーみにぃ潜るぅには〜、息を止めなきゃ潜れない〜。いーきをぉ止めるぅのが〜、嫌なら海には入れない〜(前略、道の上より)って、一世風靡セピアも唄ったとおり、素潜りの際には息をとめる。呼吸や精神状態を整えて潜るために、ヨガの呼吸法や坐禅を取り入れてる。海が好きで女性が好きで、倹約家で色んな職業をしながらあちこちに旅行しては潜る。

1976年に100m越えの記録を建てたジャック・マイヨールさんは49歳だった。自分より2コ上かぁ。凄いなぁ。

以前から自分は、ジャック・マイヨールさんが呼吸法や禅を学んだことで興味を持っていたけれど、自分は殆ど海で泳いだことがないし、素潜りがどんなふうに危険だったり楽しかったりするのか分からないから、映画を観ながら彼の気持ちにちょっとでも触れることができてよかった。

 

映画を観た後、山下公園から中華街まで散歩した。今年の春節(旧正月)は1月25日〜2月8日のようで中華街には春節の告知や飾り付けが始まっていた。

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散々昼寝しては手塚治虫の漫画読んでいた冬休みも今日でお終い。1月はストイックモードで淡々と過ごそうと思います。