ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

しろくまくろくま

・今週末からの連休中は、本を読もうと決めて、本屋さんや図書館で以前から読みたかったものを調達してきた。

気に入って買ったはずなのに、ツルッと読めちゃうときと、なかなか頭に入ってこないときとがある。だめだこりゃ。と諦めてしばらく放置しておいた本を、何ヶ月後かにふと読み直してみたらツルッと読めちゃうこともある。

読んだはいいが、居心地の悪い読後感の本でも、何年かぶりに再読したら何ともなかったとかもある。

気に入っている本は、何年も繰り返し読んだりする。小説だとかの場合、登場人物のひとりひとりの立ち位置とか心情に共感できなかった部分が、何度目かの読書で「ああ、そうか。」と歩み寄れることもある。

本の中の登場人物と自分自身との関わりならば、「相手は変わらずそのまま」で「自分は変化していく」から、後日、仲良くなれることもあるけれど、生身の人間である相手の場合は、お互いに変化してくからややこしいな。そーゆーのが面白くもあるけれど。

 

・わりかし、自分の心境、コンディションというものを常にチェックしてる方だとは思う。

そんで、何が理由なのかよくわからないけれど「面白くない!」って機嫌悪い自分に気づくことがある。

原因となってることを省みることで、そのほとんどは解消してるんだけど、年に何度かは「とにかく機嫌悪くなる」ときがある。

そんなときは、なるべく周りへ迷惑にならないように、ひとりでいることにしてるけれど、じぶんでじぶんの機嫌を直してくのは、簡単なようで難しい。

 

氣の視点からいうと、氣を養生していく過程において、好い気持ちもよろしくない気持ちも同量増えていくので、それを自身でコントロール、制御してく。飼い馴らすのだ。

 

因みに自分の場合は、陰陽とかネガポジだとかで考えるよりも、熊に例えてる。いい歳してアレだけど。

好い気持ちは焦げ茶色の熊で、瞳は青いグリズリーみたいな焦げ茶色の「黒曜こくよう」。

よろしくない気持ちは、真っ黒な目と鼻を持った白熊さん「太白たいはく」。

この2匹が自分の周りにいつもいて、のしのし歩いたり2匹でじゃれあったり、ゴロンと横になって昼寝してる。どっちも自分にとって大事。何年も前は、子グマだったけれど、最近はミニクーパーぐらいのサイズになってる。(←しつこいようだが妄想です)

 

そんで、今日も仕事しながらこの機嫌の悪い白熊、宜しくない自分の状態に気づいて「あ、いかん、コレはいかんな。」と思った。この時点で気づけるのはラッキーだと思ってる。今まで、気づかないでドツボにはまる人たちや、自分を見てきたから。

いろんなやり方があるけど、今回は「いつもこうでありたいな」と思ってる氣の質感を出すことにした。コレは今までのトンレンで得たデータのなかで、じぶんが憧れてる氣で、それを思い起こす。そうすると、じわじわと確実に、その状態になってくるのだ。

 

上記のようなことをしますと話すとき、「それって呼吸法だとどーやってやるんですか?」って質問してくる気塾の生徒さんがいる。仮にそれを伝えたとしても、実際にやってみましたー!ってかたはいないし、私はこうやってますよ。って返しもないので、ただひたすらにひとりで試してます。