ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

育て支えて繋げるもの

自分が住んでる建物の2階には美容院があって、そこの店長さんはギタリストでもある。時々ライブハウスで演奏するらしく、美容院の入り口のシャッターにはライブハウスのステッカーがいくつも貼ってある。

出かける時や帰宅時に、そのステッカーが貼ってあるのを見てたから、店先で店長さんと話す機会があったときにその事を聞いてみたことがある。

話の流れで、自分が持っていたエレキギター2本とエフェクターやその他の機材を差し上げる事になって、また音楽の話で盛り上がってたとき、「音楽があったから、俺はまともなやつになれた。」というようなことを教えてくれた。

そのときの想いが、トンレンで伝わってきて、それはとっても真剣で、本気の熱い想いだったのがわかった。

どのようなことが過去にあったのかはわからないけれど、音楽が彼にとってどれ程大切なものなのかが伝わってきた。

 

仕事の依頼先のかたたちと、中国に行ったとき、空港のラウンジやホテルのロビーや、レストランや1時間くらい乗るタクシーの車内では、仕事以外の話をする時間が幾らでもあった。

ある担当のかたは、今の会社に勤める以前は、アメリカで営業をなさっておられた。ラスベガスのお客様のところに行って、最初はいつも断られてばっかりだったけど、顔見知りになって、5年かけて受注を獲得することができたと教えてくれた。当時の上司のかたを尊敬していて、型破りでとても面白いひとだったと、嬉しそうに話してくれた。大切な友人のことを話してくれてるような、そんな感じだった。

 

同行したもうひとりのかたは、統括責任者のかたで、去年から今の会社に勤めておられる。このかたも30代の頃、アメリカで仕事をなさっておられた。

当時、お世話になった人物がいらしたそうで、そのかたに「運転して〇〇まで行ってきなさい。大丈夫、なんとかなるから。」とか言われて凄く大変だったと。

「右も左もわからないし、英語もろくにわからなかったけど必至に英語勉強して、運転もできるようになったんですよ。」「あのとき、彼からは色んなことを教わった。いまのじぶんがこうしているのは、彼のおかげです。」と、恩師を懐かしむような、しみじみとあたたかい感じが伝わってきた。

 

美容院の店長さんも、あとの2名のかたがたも「あのときに出会ったから、今がある。」と教えてくれた。ひとや物事が、この人たちを育て支えて今に繋いでいて、それを感謝しておられる。

どのかたもそれを語る表情は、穏やかで優しかった。想い出して話してくれるその姿は、当時の彼らに戻っていた。その背景には苦労と喜びとの積み重ねによる自信と力強さで広がっていた。

 

そのような縁というものを、凄くいいものを教わったと思ってる。宝物を見せてもらった感じがする。じぶんもこの人たちのように、いつか、しみじみと穏やかに思い出すとことができるのだろうか。