ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

同じことなどひとつもない

・休みの日は、出かける用事がなければ、洗濯とか掃除とか布団干すだとかして、本読むかおやつ作るかネット検索するとかうたた寝するとかだいたいそんな感じで過ごす。そんで、夕方ごろになると呼吸法の練習をする。

昨日はかみなりビカビカの雨降りだったけど、今日の夕方は静かに虫の声が聞こえて、涼しくて乾いてる。

練習はベランダに出る窓の所に椅子を持ってきて座ってやる。西向きだから時間帯によっては空の端っこがまだ明るい。

あっちの明るい方に、中国とかの大陸があって、こないだ居たんだなー、ここより1時間まえなんだなー、とか思う。

 

スーハーと息をしてると、ベランダの下の道路を車が走ったり、人が行き来する。ご近所の家の窓の灯りの奥からは、晩ご飯の支度やテレビの音やペットの鳴き声がする。

自分は休みの日で、ここで練習してるけど、自分の周りの人たちは、晩ご飯の支度したり、ペットと遊んだり、仕事終わって帰るとこだったり、まだ働いてたりするんだな、と考える。

いまもどこかでケンカしたり、笑ったり、悲しんだりさみしかったり、夢中になったり何かをしてるんだな、と考える。

いろんなことが、いろんな場所で、同時に起きているんだな、と考える。そんで、自分はここで座って、自分の中に意識をフォーカスする練習をしてるんだな、とわかる。

まあ、あたりまえのことなんだけど。

 

先日、職場に向かう脇道の土になってる通路に、ハトの頭と羽だけが散らばってるのをみつけた。たぶん猫とかハクビシンだとかのけものが、ハトを捕まえて食べたんだと思う。へー、と思った。

その20分前には、電車に乗っていて、自分好みの展覧会の告知を読んだ。へー、六本木でやるんだなと思った。

ハトの残骸も、展覧会も、自分にとっては同じくらいへー、と興味深く感じることだったから、職場に着いて、同僚達にハトのことと展覧会あるってこと、同じような気持ちで話したけど、皆んなにとってはそんなこと朝から聞きたくもないし、関心もないことだったようだ。

まあ、いつもこんな感じだけど。

 

・日常のことや、目の前の風景が、いつもとちょっと違うように感じる。別の視点から眺めてるような、別の感覚器官で触れてるような感じがする。

現実だし、リアルだし、そうなってるなー、と実感してるのに、ときどき「ただの設定、借り物」ってようにドライ(←うまく言い表せない)で他人事に感じる。

なんと言えばいいのか。えーと、自分の指は、自分の一部で、意思によって何か持ったり作ったり支えてたりいろんなことを成していくの見えてるけど、自分そのものではないから、時間経つと他人事っぽく感じちゃうのと似てるかな。

 

この数ヶ月はそんな事ばかり感じてるし考えてるから、時間経つのあっとゆーまだ。