ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

夕方の練習

日が沈みだして暗くなってきたころ、ベランダの窓の前に座って外眺めながら呼吸法の練習をする。どこかで花火大会があるのか、見えないけれどポンポンと音が聞こえてくる。近所の家の庭のそこかしこからリンリン、キッキ、と虫の声が聞こえてくる。

 

内丹法の陽の氣を呼吸法で発電してると、外気の涼しさよりも体内が暑くなってくる。椅子に座って、ただ呼吸してるだけなのに、運動したときのように汗ばんでくる。

退陰符でお腹に氣を下げて、次は陰の呼吸法で形成してく。最初よりも立ち上がりが早くなってるから、②④と徐々に上げてくとそのうち頭頂から氣が漏れてくる。内圧が高くなると⑦の回転が始まって、頭の中でゴーゴーと音が聞こえてくるし、胴体内と頭部の回転の勢いが増すから自然に体が動いてくる。体の揺れを固定すると、体内の芯がぐるぐる動いてるのがわかる。

意識レベルをどんどんフラットにしていき、緊張とリラックスのあいだにもってく。起きてるのに寝てるような、でも眠いとゆー感覚ではない。最近あった出来事なんかを省みる。

 

そんなふうに練習していても、ベランダの窓から見える景色は、暗くて穏やかで、虫の合唱と花火の音が聞こえてくる。いまここらの地域が夜になってきたとゆーことは、ほかの地域は昼間とか朝とか深夜になってるってことだよな、と改めて感じ入る。太陽の周りを地球が動きながらぐるぐる回ってるから、陽が当たるところと日陰になるところがあるんだよな、と思い出す。涼しいのは、どっかの冷たい空気をこの地域に引っ張ってきた気圧とか風のおかげなんだっけ?と考える。

 

自分が感じてるこのいまの心地よさとゆーのは、周りの状態、要素、部分から生じてるんだけど、心地よい。と感じてるのは自分なわけで、じゃあその「じぶん」というものは、周りと同様に状態、要素、部分ってことなのかなぁ?それとも別のものなのかなぁ?と分からなくなる。

「風」そのものは見えないんだけど、周りの状態や自分の体感から「風、あるなぁ。」と感じれるように、「じぶん」もあるようでないのに、やっぱりあるなぁ。と、面白くなる。

休日の練習のときは、そんなことばっかり考えてる。