ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

ラ・カンパネラ

(対面してる時は別として)自分ひとりで仕事や作業をするうちに、なんとなくモヤっとして心が晴れないことに気づくことがある。

大抵の場合は、やり過ごすうちに仕事やら作業に集中できるんだけど、ときどきはずーっと、なんとなく心が曇り続けるときがある。

 

呼吸法しながら意識を安定させることもできるし、余裕があれば「この状況を掘り下げる」こともできるんだけど、今日は趣向を変えてみた。

 

いま、心が曇ってるなー、と自覚しておき、その状態や質感、形も確認しておく。(←自分でじぶんをトンレンしてる)

自分が尊敬している人物の、邁進してる姿を思い浮かべる。重たくどんよりしてる心がふやけて柔らかくなってくる。

 

その後に自分の好きなピアニストの演奏を思い出してみた。

演奏が始まると同時に、4番チャクラの胸の辺りがぱーっと外側に広がって、背中側や腕の後ろ側にザワザワと感動の氣が広がってくる。

重たい心が、洗い流されるように軽くなってくる。おお〜っ⁈

自分の瑣末で、なんとなく曇った気持ちが流されて排出される。あとに残ったのは晴れた心持ちと肯定的な捉え方だった。

音楽ってすごいなぁ!とか、あんな風になりたいなぁ!と思う人物に想いを馳せることが、自己の肯定的な感覚を増やしてくれる。人によっては、それがアートだったり家族や仲間だったり、信仰や哲学や自然の中だったり、コンサートや旅行や食事や映画や読み物かもしれない。他にもそのような心持ちになるものごとが沢山あるだろう。

 

こんな感じで、自分の中の経過を観察しながら、内部の変化を知っていけるとゆーのは面白いなー!と感じる。

呼吸法を実践していくと、体感があるだけに自分の意識や気持ちに触れることが多くなる。

いまどんなふうで、どう変化したか。を気付かないままに暮らすこともできる。それはそれで、暮らせていけるのならばいいだろうけれど、自分の場合は、そのような当時よりは随分と面白く暮らせてる。

 

だってねー、この記事やら今までの記事なんか、全部くっだらない「自分がこう感じました。」ってことばっかりなのに、それを「面白い」と仰って下さるかたがたも居られるのを知ると、「呼吸法やってよかったな。」と思えるのです。