ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

ちゃんと言えなかったけど伝わった

小学六年生のとき、クラスの男子のひとり(運動神経抜群で図工も得意で明るい人気者)が、ある日を境に学校に来なくなった。

風邪とかで具合がよくないのかなぁ?と思ってたからとくべつ気にしてもなかった。

 

休みだした何日か前には、その人気者男子が、おとなしいグループの男の子たちと雑談してるのを見かけて「あー、他のコたちとも仲良くしてていいことだ。」と思ってた。

ある日、終わりのホームルームの時間に、担任の先生が休んでる男の子について話しがあった。

要約すると、いつも仲良く遊んでたグループのなかで、ちょっとした口論だか言い合いがあって仲間はずれになり、不登校になったんだと、その時に知った。すごくショックだった。

 

担任の先生は、真剣に怒っていた。

大きな声で、自分たちに向けて「お前たち、いまあいつがどんな気持ちか、考えろ!」と身振りも大きく説いた。

先生は怒ってて、怖かったけれど、その言葉の奥に、「哀しい」と「誠実さ」があったから、先生の言葉を受け止められることができた。表面は怒ってるのに、哀しさと暖かさを感じてて先生の心は哀しさがいちばん大きかった。

 

じぶんは、その男子がおとなしいグループの男の子たちと雑談してるのをみて、そんな経緯があったとは知らず呑気に「いいことだ」と思ってたし、具合が悪くて休んでるだけだと思ってたから、当人たちのことなどちっともわかってない自分自身がとても嫌な奴に思えた。

 

いつもより長いホームルームの時間が過ぎて、自分たちのクラス以外の人の気配もないというのは、いままでにないことだったから、ことの重大さ、真剣さを感じた。

しばらくして、主要メンバー以外は帰ることになった。

 

ランドセル背負ったじぶんは、帰る前に、どうしても先生に声をかけたかったんだけど、でも今話しても邪魔かもしれないし、じぶんがどう話せばいいのかもまとまってなかったけれど、とにかく、ここでこのまま何もしないで言わないで帰るのだけは違うな、と思ってた。

うまく説明できないんだけど、やるべきことを頭はわかってないけど、身体は知ってる。って感じだ。

 

入り口のところで他の女子が「どうしたの?ゆうがたヨクサル、帰ろうよ。」と声をかけてる。自分はむっすり黙って教卓の前に座ってる先生の横に、ふらふら歩いていった。心臓はバクバクしてる。

 

「先生…」

「なんだ?」

「あの…、じぶんが思ったことが二つあって、言いたいです。」

「うん、なんだい?」

 

ひとつは…仲間割れしてたの知らなくて今とてもびっくりしてること。わたしはいまとても哀しい。

もうひとつは…

 

って言いたいのに、言葉より涙のほうがどんどん出てきて言葉にならない。想いを言いたいのに、伝えたいのに、気持ちの波がそれを邪魔して泣きだしてしまう。後ろで待ってくれてた女の子たちも我慢してたのが泣きだした。

 

先生は「ありがとな。ゆうがたヨクサルの気持ちは、わかったよ。まだ話したいことあれば紙に書いて明日渡してくれればいいからな。」って言ってくれた。

 

帰り道を歩きながら感情が表面化して、きちんと想いを言葉で伝えられなかったのが悔しくて自分はダメだなぁ。と思った。

家に帰って、ボーッと考えごとして今日あったことを整理してたらクラスの男子たちから電話がかかってきた。

「さっきはごめんな。俺たちのことで泣かせちゃって、ごめん。」「心配かけてごめんなさい。」「さっきあいつに謝って仲直りした。ごめんな。」

どこかの家から電話してるらしく、交替で代わる代わる話してくれた。

あの場で、自分の伝えたいことも言えなくてなにもせず終わっちゃったのに、わざわざ電話してくれたなぁ、って思った。あの時の自分を周りの人たちはどう思ってたのかなぁ。

 

あのとき、自分が先生の横にふらふら歩いて行って、自分の感じたことをただ言いたかったこと。どうして言いたかったのか、今でも分からないんだけど、その場面では必要なひと役だったのかもしれない。し、どーでもいいことだったのかもしれない。