ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

揺り返しの気持ちは何度でも湧くよ

心で、こうしよう、このようになっていきたい。と決めて行動に移して過ごしている途中に「揺り返し」の気持ちは湧いてくる。

 

ほんとうにこれでいいのか、とか、やっぱりいままでと同じでいたほうがいいんじゃないか?とか、決めた思いより以前のときの状態のほうが慣れてるもんだから居心地がいいように思えてくる。

この「想いの揺り返し」というものは、実に厄介なんだよな。

 

さんざん考えて、悩んで、模索して、やっぱりこうしようと決めてかえたのに、ちょっとしたはずみの、ほんの一瞬で、もといた慣れ親しんだ状態を懐かしんで振り返りそうになる。

 

ぬくぬくと温かい布団の中から這い出したら、寒くてやっぱりもっかい布団に潜り込んでしまうように。

空腹も寒さも、雨風もしのげる小屋の中から、一歩外に出て、夏の日差しの照りつける太陽と、木陰もなにも見えない道を見たとたんに出かけるのやめようかな、と思ってしまうように。

 

決めたときの、意志の力強さはどこいったんだよ!ってくらいに弱々しい自分がいる。

そんで弱っちい自分を観てる別の自分がいる。

「揺り返しの気持ち」は、「言い訳」や「魅力的なもの」で自分を誘ってくる。

ほらほら〜、ゆうがたヨクサル、こっちにいるほうがあんたにとっては無難なんだよー。って誘ってくる。

 

自分は、このとき、揺り返しの揺れに乗っからないようにする。わざと別の揺れをかますのだ。自発的に別のところに気持ちを持ってくとゆーか、ほかの用件をモリモリこなしてると、いつのまにか不安だった揺り返しの誘いは消えてしまう。

 

何にもやることがないと、同じことをぐるぐる考えてドツボにはまるけれど、何かしら他の必要なことをこなしてると、ドツボモードは消えてしまうのだ。

簡単なことでいえば、「呼吸」に意識を集中させるとか。

 

ひたすらに「吸ってー、」「吐いてー、」と考えながら体感にフォーカスしていく。

何分もやってれば、そのうち雑念とかドツボ的不安感なども復活しかけるけれど、それを上回るぐらいに

「はい!吸って〜!」「吐いて〜!」お、なんか手がピリピリしてきたぞ。スシュムナーの回転速度も上がってきたなー!

とか頑張って呼吸を続ける。

 

やがて、意識は落ち着きを見せて、安定したところで、揺り返しの気持ちを観察するのだ。

そーやっていくうちに、いつのまにか、後ろを懐かしんで振り向いてたじぶんが、前を向いていることに気がつく。

 

「変わりたい」という気持ちは、その場だけでは弱い。その気持ちを持続させていくためには、自分で自分を奮い立たせたり誘導していかなければならない。

これ、すっごく気力いるし、コントロールが難しい。難しいけど、それをするのが修行だから、なんとか頑張れてる。