ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

あんてい

・今日も21時から京都の木村先生とSkypeで遠隔レッスンを受けた。現在、5段目3番チャクラの期間で、安定第一、安定、あんてい、とにかく安定〜っ!しつこいぐらい安定を図ってる。氣の質と量も充分にあるこれらを安定させるのだ。安定って文字がゲシュタルト崩壊するくらい努めても毎日色んなことおきるし、その度、自分の氣の質と加減を試される。いまはそのような期間です。

 

Skypeのアプリを立ち上げて、レッスンの準備をするときは、これといってなにも浮かんでなかったり、ぜーんぜん考えがまとまらなかったこの数日の出来事が、プリッと浮かんだりまとまったりする。

だからレッスンの始まる前の20分くらいとゆーのは、普段の思考や時間が濃度を増して現れるからありがたい。

 

レッスンが始まるときに、そのプリッと浮かんだりまとまった事柄を、自分の稚拙な表現で先生に話す。そこからインド哲学や太極理論や武術用語やらを知ったり教わることにつながる。

日常生活の中で起きたアレコレにどう対処してどんな感想をもったか。を抽象度をあげつつ話すと、太極理論や哲学や武術の動作や用語に共通するものが見つかる。

自分が体験してきた生活のことと、理論や哲学や用語が重なって、親近感と興味が湧いてナルホド。と思う。

 

たとえば「沾粘連隋せんねんれんずい」も先生から解説を受けると、(←今度お会いしたとき、型を見せてくれるって〜)。「押さば回れ、引かば斜めに出よ」が日常の自分の振る舞いと重なって、それをする際の怖さや覚悟や、変化を観察する自分のことも、どんどん見えてくる。

 

 

・自分の中の、経験したことや考えてたかたちが、うまい具合に「言葉」としてすでに存在していると、見つけやすいとゆーか、手掛かり足がかりになるとゆーか、探しやすくなるような、そんな感じもある。

 

・音楽を楽譜に書き残しておいて、未来に誰ががそれを眺めながら、再び音で現すことができるのは便利だ。

お菓子や料理のレシピを書き残したり口伝で繋いであると、未来に誰ががそれを聴いたり眺めながら、再び現すことができるのも楽しいことだ。

それらを解読するための様々なツールや条件やなんやらは必要かもしれないけれど、なんかすごくいいぞ。と、今更ながら思った。

自分が教わってる古式マスターヨーガや太極内丹法も、口伝でずーっと繋いでこの現在で、Skypeで木村先生から自分へ色んな言葉と体感で受けてる。こーれーは、なんかすごくいいぞ。と、今更ながら面白く感じてる。