ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

なんで起きられるの?

職場の3時休憩のときは、資材置き場の隅っこでパイプ椅子に座ってハンカチを顔にのせて棚にもたれながらジッと休むことが多い。

離れたところで仕事してる音が聞こえて、休憩室からは笑い声や足跡なんかも聞こえるなかで、ぼんやり考えるでもなくぼーっとしてると、そのうち考えごとや連想される風景やらなんらかが浮かぶ。

頭の中で浮かんでる風景やら出来事がスムーズに進行してちょうどいい感じになってきたところで目覚ましのアラームが鳴って、休憩時間が終了したことに気がつく。

このとき、浅い眠りかけの状態で、夢を見始めてた感覚がある。

ポケットに入れた携帯電話のアラームが遠くで鳴ってて、それが自分が起きるための合図なんだっけ、と思い出して目がさめる。

コレは朝、目がさめるときのアラームでも、やっぱり同じように起きるのと同じ状態。

 

夢を見てて、何かの音や振動や明るさなどの変化があって、それを夢うつつのなかで、「今から起きるんだな。」と、どうしてきづくんだろうと、不思議に感じる。

子供の頃から、起きなさーい!って起こされるのが習慣になってるから意識が戻るのか、それとも生物学てきな何かで意識が引き戻されるのか、よくわからないけれど。

 

たまに、起きなきゃー!と思ってても、眠くて起きられず、また意識が夢の中に潜っていき、その夢の中で遊んだり怖がったり、何かしらのことをしてるときがある。目が覚めて起きたつもりで、実際はまだ布団の中で夢見てた。ってこともある。

 

眠りの世界では、リアルに動いて遊んで、笑ったり泣いたり怖がったり、怒ったり、喋れない英語はなしたり、(現実では)運転できない自動車でハンドル握ってすごいスピードで壁を走ってたり、空を飛んでたり、切腹して痛いのに誰も気づいてなかったり、変な夢の中で、フツーになにかしてる。

その途中で、「起きなさーい!」のアラームやら振動やら明るさやらを感じて、あ、コレは夢で起きなきゃいけないんだな。って、なんで思うんだろう。

起きる。という指示は、自分自身の意識でしてるはずなんだけど、こうやっていまブログを入力してる自分の意識とは、また別の違う意識って感じだ。顕在と潜在ってことなのかもしれないけど、とにかく「起きなきゃ!」とか「こうしなきゃ!」とかでスワーッ!と切り替えができるのはあらためて考えると面白いことだ。