ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

網目のライフ

自分でもともと立てていた予定ということではなくて、それぞれなんの関連もない外部から、ちょっとした用事や連絡などが1日の中で集中するときがある。楽しいや哀しいやびっくりのアラカルト。お腹いっぱいなのに、まだ来るかまたきたか。って寝るまで何かしら起きる。

以前の自分なら「今日は朝から晩まで慌しいな〜!」とバタバタ動いたり振り回されることが多かった。こんだけヒマな毎日が続いてたんだから、順番に1日一件とかでくればいいのに。とかボヤいたりしてた。

 

ここ数年は、そんな「いちどきに出来事が立て込む日」がきても、それぞれを淡々と対応できるようになって、それを愉しめるようになった。帰り道を歩きながら、なんで自分はこんな感じでふるまえるようになったのかなぁ、と考えた。

 

そのようなことを繰り返し経験したことで慣れた。ってのもあるけれど、

「この件はこれから先、こんな感じで展開されるだろうな。」といくつかシナリオを予想するようになったのと

「こうなった場合には、自分はこう動こうかな。」を何通りも考えられるようになったこと、

「あの件はそろそろ来るかな」って察知する精度が上がってきたことが、大きな要因かなと思ってる。

何通りも考えてシュミレーションは済ませてるし、現実に起きてもあとはやるだけだから「ああ、こう来たか。ならばばコレ〜。」って対応できる。

 

あともひとつ、昔の自分と今の自分とで変わったことがある。これはよく耳にする事ではあるんだけどさ、

「自分ひとりで抱え込まない。完璧にやろうとこだわらないこと」

このことが、なるほど、そうかって腑に落ちて身についてきた。

 

うまくは説明できないんだけど、自分の中にある個性が増えて、それぞれがそのときどきでちょうどいい具合に引っ込んだり(休憩)、出てきたり(活躍)するのだ。

同じタイプの自分だけで、色んな件を対応してた昔の「私」は、大変だったろうな。頑張ってたな。ありがとうな。って思う。

 

それと、1日に集中した外部の人たちや物ごととの関わりが、生きた網目のように感じられるのがいい。脈打つように、ぐんぐんと枝葉が伸びてくようなのがいい。とてもいい。