ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

拍手の音がした

横浜市営地下鉄阪東橋駅近くにあるジャック&ベティさんで上映中の映画「ドリーム」を観てきた。

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1960年代のアメリカでNASAの有人宇宙飛行計画に関わる黒人女性たちの話。当時の社会環境、職場でどんな差別、対応をされてたのかや、どう奮闘したのか。を描いてる。映画の終わりに、鑑賞していた周りのお客さんが何人も拍手していたのが印象的だった。拍手をする人たちがいる映画だったんだよ。

この映画を、最近社員になった同僚が観たら、元気出るかなあー、と思って今日は誘ったけど、喜んで貰えたようだったので一緒に行ってよかった。

 

個人的には「変化」に対して自身が「どう先々を読んで、どう応じて、どう変わっていけるのか」を考えさせられた。

どんな物事にも「初めてのこと」があって、初めてのことを経験するときとゆーのは困難があるから物凄く勇気やエネルギー、スタミナとゆーか踏ん張りが必要になる。

映画の中では今まで人為的に手作業で計算してたことを、IBMの大きなコンピュータが導入されることによって計算係が不要となってくる。機械でどんなに正確な答えや情報が出たとしても、人がやるからこそ安心したり信じれることもあるとか。

あと、やっぱり「言いかた」とゆーか、プレゼンテーション、相手を納得させる話し方とかスタミナが凄いなー、上手だなー。と思った。女性たちの服装や振る舞いも素敵だなー。と思った。

 

当時のアメリカ社会の生活のなかで、どんな差別があったのかは、漠然としか知らなかったけど、映画の中では具体的に出てくる。トイレに行こうにも800メートル離れた場所にある有色人種専用トイレを使わなきゃならない。

彼女は日常的に不便を強いられてるけれど、強いてる側からすればそれが当たり前すぎて(自分たちは不便じゃないから)気づかない。

 

たとえば自分の日常で、右利きの自分には、右利きの人が使いやすい配置や道具や機械がある。それ用の仕様に社会や環境が整ってるから当たり前すぎてなんとも思わないけど、左利きの人からすれば、その仕様はどう感じてるのかな。とか考える。ちょっとした道の段差も、自分にとってはなんともないことだけど、その段差で困ったり危険だったりする立場の人々もいる。

この「自分にとってはなんともないこと」とゆーのは、くせ者だ。相手起点、相手目線に立ってそれを考えるとき、当たり前すぎた世界は別の世界に見えてくる。そのことを知ったとき、自分はどうしたいんだろうか。