ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

隔たりを薄める

神保町で開催する東京氣塾に行ってきた。

向かう電車の中で陰の呼吸法②④⑦→退陰符→②⑦→退陰符の練習をした。

 

今回は久しぶりに群馬からAさんも参加下さった。参加者はベテランの生徒さんが多かったので、木村先生の施術中の待ち時間は、フリースタイルのトンレンをしてみた。

それぞれ進んでる段階や教わってる呼吸法がことなるので、それ用に相談しながら練習する。

 

自分は進行と施術の段取りを確認しながら端っこで立ってた。谷山さんとAさんのペアが「どんな状態が瞑想なのか?」についてお話しなさってて、谷山さんが「ゆうがたヨクサルさんがそーゆーのアレだから一緒にやってみますか?」って流れになって、呼ばれたので3人で練習した。

普段からAさんご自身でやってみるものの、瞑想状態というものが、どんな感じなのか?がイマイチよく分からないと。自分も初期の頃は、瞑想ってなんだよ?と思っていた。だから瞑想って言葉にこだわらないようにして「呼吸法による意識レベルの変化と調整」って思いながら練習していた。

眠くて落ちるギリギリの位置とか、そこそこ眠くて物事が考えられない位置とか、眠くはないけどリラックスできてる位置とか、日常の意識レベルの位置とか。

それに加えて氣の内圧をどの位置まで上げるとか、どれくらいの量をどんな速度で流すとかを調整してる。

考えたり対象を観察したりするときの意識レベルを変化させたり調整するのだ。

 

そもそも呼吸法自体が瞑想だから、始めるとすぐにリラックスして集中することができるし、気持ちが内没してく。内没ってのは気持ちが暗くなってくとか閉篭もるってのではなくで、なんとゆーか、外部で起きてる音や景色が気にならなくなってくる感じ。

今回は自分が導入してから意識レベルを何度か変化させてその状態をAさんと谷山さんがトンレンして味わってもらった。

その前に谷山さんの瞑想状態ってのをAさんがトンレンで体感していたそうで、自分が「じゃあ始めまーす。」と合図して呼吸し始めた時点で谷山さんのとは違うと分かったようだった。

 

どちらかというと、谷山さんの意識レベルも最初よりは下がるけど、ゆうがたヨクサルの意識レベルは開始した時点でそれよりもかなり低いってこと。どちらがいいとか悪いだとかはないけど、自分のはかなり意識低い系だと。Aさんも谷山さんもここまで低いと仕事に差し支えるかもしれない。って感想を述べてくださった。そーかそーか。

 

自分の場合は、このぼーっとリラックスした意識レベルが普通のことになってるけど、昔の自分は一般的な意識レベルでは過剰反応してしまうし、すぐになんでも気にしちゃうタイプだったので、今ぐらいの方がずっと心地よく過ごせる。心地よくて気持ちに余裕があるから、状況に飲み込まれないで観察したりヒント拾ったりちょっとした違和感に気づいたりできる。そーやって「なるほどー。」って物事が分かってくる。落ち着いて迷わずに行動に移すことができるから気持ちのストレスもない。そんな感じでAさんに話したら、その感じはすごくわかる。ってことは僕も普段から瞑想状態になってるんですね。と話して下さった。はい、そーですよ。そりゃAさんもそーですよ。

それぞれのペアでトンレンをなさってる側をウロウロ歩いたり観察しつつも、木村先生の施術の話に耳を傾ける。どのかたもそれぞれ取り組むテーマや悩みは異なるけれど、話してる根本的なことは共通してるように感じられた。

 

横浜市から参加なさったNさんと久しぶりにトンレンしたときは、アウトラインの情報と、問いを立てて情報を引き出す2種類をやった。

彼女も4段目に入っておられるので、今までの呼吸法との違いとか、相手へ浸透するまでの時間や寄り添う度合いなどについて話した。

Nさんは、自分がビバで両腕の気脈の詰まりを取った最初の人だ。あのときは、自分なんかが人にビバをするなんていいのかなぁ。って思ったけれど、いざビバりだすとそんな気持ちは無くなって、ひたすら「この人にとって、氣を体感して貰えるように、氣ってのがワクワクして面白いことなんだ」って感じて貰えるように夢中でやった。それまでのちょっとやつれてて不安で緊張していた表情だったのが、どんどん目がキラキラしてきて、終わった後にありがとうございました。って両手で握手してくれたのを覚えてる。ビバをやらせてもらってよかったな。と思ったんだ。

 

トンレンの練習も終盤になったときに、谷山さんとナカジさんに、自分が今やってる4段目の7番の呼吸法をしてるときの状態をトンレンで感想述べてもらった。自分で得てる体感や感覚というものは大切だけれど、他の人たちからの感想も参考になる。感想、ざっくり聴いたけど、あんまりよく分からなかったから、も少し聴ければよかった。

 

TさんとMさんがトンレンの練習をなさってる隣をウロウロ歩いたり観察して、途中からこんな感じの練習もしてみるといいですよー。と提案してやってもらった。

こーするとこーなってきますよ。とか実体験や質問を受けたり答えたりする。

今日の自分は比較的よく喋った。

そうしたくて振る舞ったというよりも、この雰囲気にはこれぐらいするほうがちょうどいい。って感じで自動的にそうしていた感じがある。

キャラクター、個性というものを、その場面ごとに変化させるってのは、自分の中に色んな人格を用意することになる。恥ずかしいとかやってらんねぇよ、とか、そんなの嫌じゃーだとかのエゴがあるとうまく作動しない。エゴを薄めて相手起点になって、そーやって、相手や周りとの隔たりを薄めていくのもまた1つのお題、行になってる。同一視感のいい練習。トンレンはやっぱりいいなぁ。

 

参加下さった皆さん、ありがとうございました。