ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

やりたいからずっとやる

・昨晩は京都の木村先生の遠隔レッスンを受けた。関西方面にお住いの生徒さんがたは京都の木村先生の教室で直接指導を受ける場合が多いけれど、横浜で生活してる自分は、skype通話でのレッスンを受ける。

 

今回は座学のみ。まあ、座学っていっても自分が最近感じてることについて呟くと、木村先生がドンズバな解説言語で答えて下さるいつものマニアック話だが。(日本に禅が入って来た話とか道教のもとになった三皇五帝の話とか、時代とタイミングと他力と持続力とかの話とか、繋がるし飛ぶしずれるし始めの話にまた通ずる。やめられない、止まらないのはスナック菓子の如く。)

 

自分がマスターヨーガ初心者のころは、体調を崩しやすく、メンタルもしょぼかったから発言や行動や思考癖が後ろ向きだった。毎回、ひたすら呼吸法のみでレッスンは終了した。

何度かレッスンを受けるうちに、先生との会話にも慣れてきて質問するようになった。

こうしたらこうなりました。コレはなんという状態なんですか?とか、なんでこうなのかなぁ?と考えて自分の頭の中に仮の答えを置いて口に出さずに先生に同じことを質問すると、頭の中に保管しておいた答えと同じことを教えて下さるから、仮の答えは正解になる。

練習は、やればやるほど自分に還ってくるし、訊ねれば訊ねるほど興味深い内容がもたらされた。

 

そーゆー事を繰り返してるうちに、遠隔レッスンを受けるようになって11ヶ月経ったあるレッスンの時、「はい〜、じゃあニィー、ヨン、ロクでいきましょ〜、宜しくお願い致します〜。」と促されて呼吸法を始めながらスーハーやってるうちにとても満ち足りた気持ちになった。

その時よりちょうど1年前の自分は、同じ時間帯に部屋で布団被ってガタガタ震えて怖くて気持ち悪くて泣きたくても泣けなくて、熱が出て(風邪ではない)一晩中苦しんでたなぁ。と思い出した。

身体はぐったりして、感情に翻弄されて、悪いほうにどんどん考えが進んで、明日は自分はどうすればいいんだろう。って思っていたのに、その1年後に、楽しいなー、面白いなー、平和だなー、安心するなぁー。って感じながら呼吸法をしてる、そのギャップとゆーか、変化に対して感慨深くなった。それで、そのときに「自分は、マスターヨーガやりたいからずっとやる」って思った。

 

・ここ最近は殆んどないんだけれど、初期〜2年ぐらいの間は、呼吸法の練習をしてると、何も考えずに息と身体の動きだけしか考えてないときと、色んな想いが溢れるときがあった。

想いが溢れるときにも、色んなパターンがあって、つい最近あったことや、慢性的な弱い面や、全く忘れていた子供の頃のことだったり。

いつのことなのか、本当にこれはゆうがたヨクサルの事なのか、よく分からないような想いが出てくることもある(いわゆるバグ)

そーゆーとき、逃げず過剰に反応せず、その様子を他人事のように観察するうちに、自分はこんな事を感じたり考えたり引きずっていたんだなー。とわかってくる。

なんでこのタイミングで想いだすかなー。って感じながらも、向き合って、ふんふん観察したり新鮮な感じで見直したりする。

そんなことがあると、必ず翌日から数日後のうちに、似たようなシチュエーションや課題が起きる。でも昔のようにはならずに、乗り換えて平気になってる自分がいる。←コレがとても不思議で、面白くて、幸せに感じる。