ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

メモ的なものを

・今、19時頃なのだけど夜空の中身と端っこの方で雷が音もなく光ってます。きれいだなぁ。

あ、いま高い遠くのところで轟く音が聴こえます。かっこいいなぁ。広くて大きいなぁ。

それから今はザーッって大粒の雨が降ってます。土と草の混ざった水気のある匂いと、冷んやりした空気が熱波を流し去ってる。

雨が止みました。コオロギがリーリー鳴いてます。また高くて遠くの空の中身だけ雷が光ってます。冷んやりして気持ちがいいなぁ。

この一連の自然現象は、自分にとっていいお手本で、夏の楽しみのひとつ。

 

 

・今年の春先ころから、今夏と秋の方向性について「どうせその方向になるなら、こうなってるといいよなぁ。」って物事が漠然とゆーか直感的にあった。

ちょっとした話しの節々からとか、トンレンで伝わってきた想いだとか、その人に関わる人たちの振る舞いだとか、諸々を見わたすと、なんとなく分かった。

 

・自分の周りの人たちが、こうなってればこの人たちは素敵だよなぁ。が、言語化出来ないけど、今年の初めに感覚としてあったから、その方向にその人たちが進む限りは協力できることはしたいなぁ。と考えて動いた。何かを停止さたり始めたりした。

 

・何ヶ月もあった訳だから、たまに表層部分において「なんで自分はこんなに他の人たちのこと、やってるのかなぁ。」とか、疲れたりうまくいかないときはやっぱり嫌な気持ちにもなった。コレは自分の出来なさっぷりに嫌気がさすってこと。あと、体力が回復しないところに被せて疲労がくるとやっぱり嫌な気持ちも増す。

 

それぞれ別件だけど、周りの人たちについては、よほど別方向になっていなければ、細かい所は気にしないように努めたんだけど、なかには色んなパターンの嫌味を言われるってものあったな。へぇー、って感じで先ずは受けた。受けた後は、じわじわきたり、揺さぶられたけど、内観して収めた。

はぁー、自分は収められるんだー。カッとなってムキになったり落ち込み続けたこの自分がねぇーとか面白がれた。

仮に自分がなにか言っても、口のうまい人はアレコレ重ねて、結局は嫌味で終わるか、その人が飽きるまでエンドレスだし。(一方的だったり稚拙な場合は、勝手に離れてく)

自分とは違う、視点や意見の場合は積極的に持ってるほうがいいと思うのと、いずれにせよ自分がそもそも感じてた方向に向かってる(←この部分を実感出来てるのは幸せ)限りは、まあいいやって受け入れた。

コレが4段目の効果なんだとしたら、それように進められてるんだろうし、違うなら違うで、なんなのか考えればいい。

 

・自分の気力が丈夫でいて、且つ沢山増やせて、自分とは違う視点や攻撃にも耐性がついて、それも含めて大切にしたくて、何ヶ月もわあわあ言いながらも頑張れたとゆーのは、なかなかいい感じだ。

あともうちょっと踏ん張れば、春先に感じていた位置に着く。コレ片付けたら何しようかなぁ。

 

 

・なんども打たれて膝付いたり、膝付きながらでもジリジリ動くための言葉がある。自分がなにか制御しきれない場面において、ふっと浮かんでくるのだ。

人は不合理、非論理、利己的です

気にすることなく、人を愛しなさい

 

あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう

気にすることなく、善を行いなさい

 

目的を邪魔しようとする存在もいるよー、なにかいいことをしても忘れられるよー、正直で誠実だと傷つくよー、作っても壊されるよー、助けてもひどいことされるよー、でも気にしないで続けなよー。って内容が、あるある、ホント、そーなー。って感じる。

最後の部分はこう終わる

あなたの中の最良のものを、世に与えなさい

けり返されるかもしれません

でも気にすることなく、最良のものを与え続けなさい

(ドン・ボスコ社「本当のクリスマス」収録のマザー・テレサの言葉 石川康輔訳)

 

3年前くらいまでは「気にすることなくってゆーても、気にしちゃうんだよなぁ。」って悶々としてて、そのくせ手放せないでなんども唱えてた。

でもこの頃は、気にすることなくの後にある「続けなさい」って部分も含めて手放さないでいると、気持ちに変化が出てくる。

周りのせいで膝付いたんじゃなくて、自分で勝手に膝付いたんだってのに気付ける。

この詩にあるみたいな「自分の最良のもの」ってなんだ?って考える。

そんで、じゃぁ、まぁ、呼吸法でもしながら考えてやってくかー。ってなる。

コレは自分なりの詩と呼吸法の合わせ技だけど、人にはそれぞれ、何かしらのよーし、やるぜー。って原動力となるものがあると思う。

 

・原動力はどこにでも溢れてる。家族や恋人や友人などヒトかもしれないし、物かもしれないし、行為などスポーツや旅行や、場所や音楽や言葉や自然の中にあるかもしれない。単体とか合わせ技かもしれない。

昔にあったことかもしれないし、最近出会った中にあるかもしれない。ほんと、どこにでも溢れてる。

それを自覚してる人はすでに活用してるだろうけれど、自覚なかったり、まだ見つけるのめんどくさがってスルーしてる限りは色々と大変だろうなぁ。と思う。