ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

対になるもの

3段目までに養生してきた陽の氣の、バランス取れるくらいの、対になるような陰の氣を養生してくのが4段目のお題の1つ。

コレは今までの自分が、どの程度の氣の質量をこしらえてきたのか?を感じれる過程ともいえるのかなぁ。

 

陰の氣の呼吸法の練習をして1年以上経ったから、陽の氣の頃の自分とは違って、周りの人たちの関係性にも変化を感じるし、自分もまたそれに応じた考え方やふるまいをしてるなぁ。とわかってくる。

 

大切にしていることに対しての熱意はお腹にちゃんとあるんだけど、最近、ちょっと気付いたことがある。この「大切にしている熱意の量」は1つの目安になるなぁ。と。

 

そんで、この熱量に対応できるぐらいの陰の氣、即ち「智慧」ってのが、どんなもので、どんなことに自分は使ってくのか?を毎日のように、しつこく何度も問われ、見せつけられてるなぁ。と分かってきた。

 

初期の3番チャクラ開発において、その時の感情と真逆のものが生じて中和され、バランスをとることができる。とか、一時的にいつもとは違うタイプになっちゃう、あの感じに少し似てるけど、今見せつけられてるものは、もっとこう新しくて、自分でも「へぇ〜、そうなんだー。」って他人から教えてもらったことみたいに初めて知ってくような感じがある。

 

今さらだけど、腑に落ちた。

 

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