ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

力みはダメージの種

・気持ちでも動作でも、言葉でも、力み過ぎている時は、自らダメージの種を造ってるようなものだ。バーンッ!って威力があると、周りにバラバラ振りまいちゃうことにもなる。反省ばっかりだ。

最初からそんなふうに、過度な力を入れてなければ、ダメージで痛くなることもないんだけど、ふとした時に、力みが入る。

まだまだ基本が出来てないってことだ。身に付いてないってことだ。でも失敗すると、次、なんとかしよう。って努めることができる。

 

・先日の氣塾で、トンレンさせてもらった時に「相手の懐に入ってく感覚、掴む感覚」を体感してもらった。自分が「あ、今ぐらいの感じです。」って言った時に、相手の方も掴んだ感覚があったようだ。

で、この相手の懐(氣)に入ってくとか掴む感覚がわかってくる。ってことは、反対の「敢えて入っていかない」とか「敢えて掴まない」ことにも通ずる。

相手のことを考えたり、気にし過ぎて目の前のことがはかどらない。って場合なんかは、この感覚が役に立つ。

自分の場合は体感トレース型だから、相手や周りを気にし過ぎると腰痛いだの、肩凝ってるだの、胃が気持ち悪いだの風邪引いてボーッとしてるだのが、自分にバンバン入ってきちゃう。

怒ってムカムカしてるとか、調子に乗って浮かれてヘラヘラしてるとか、その時の自分の気持ちとは別のものが入ってきちゃう。

時と場合によっては、この感覚が邪魔だったから、何でもかんでも拾うもんじゃない。って、そのとき気づいて学んだ。そんで、自分が揺れないように練習した。

 

どのぐらいの感覚だと、相手の懐に入っているのか。

どのぐらいの感覚だと、相手を遮断できてるのか。

どれぐらいの感覚だと、相手へ開放しているのか。

 

こーゆーのが特別でもなんでもなくて、普段の暮らしの中で、実践、考察できるのが面白い。