ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

イトコちゃん

6歳くらいのころ、自分のいとこにとっての、イトコ。の家に初めて行く機会があった。

出かける前に、自分の親から「イトコちゃんは体が弱いんだから、お前は優しく遊んであげなきゃダメだよ。」と言われて、初めて会ういとこのイトコちゃんはどんな子かなぁ。と思った。「弱い」ってのがどんな感じなのかよく分からなかったし、自分がどんな感じだと「強い」ことになるのかも分からなかった。けど、とにかく優しくしようと思った。

 

会った時のいとこのイトコちゃんは自分と同じくらいの子供で、全身麻痺で、鼻に酸素のチューブを付けていて、言葉を発することが出来ない。でも、おじさんやおばさん達が質問形式で尋ねれば、瞬きの回数とか目線の違いでYESなのかNOなのかを答えることが出来た。イトコちゃんは目でお話する。

 

一緒に行った自分のいとこは、いつも遊びに行ってるから慣れていて、直ぐにスキンシップをしたり話しかけていたけど、自分は初めて来た家だし、いとこのイトコちゃんとは初めて会ったし、何を話せばいいのか、何をして遊べばいいのか分からなかったから隣に座って遊んでるいとこのことを見たり、イトコちゃんを見たり、そんな感じでそばにいた。

 

うろ覚えだけど、その後はぬいぐるみで遊んだり絵本読んだりしてその横で、イトコちゃんはそれを眺めてる。チラシの裏に絵を描いて、何色にしようか?とイトコちゃんに聞いて選んで貰ったり、みんなでご飯を食べたりした。と思う。

とにかく家族みんなが明るくてワイワイ賑やかだった。自分の両親達とは全然違う明るさだった。イトコちゃんを中心に皆んなが笑顔だったのは覚えてる。

 

夜になって、家まで送って貰った車中では、イトコちゃんと自分は手を握っていた。相変わらず自分は何も喋れない。自分から何か面白いことも言えなかったし、自分たちが遊んでる側でイトコちゃんが見ていただけだし、何も優しく出来なかったなぁ。これは遊んだことになるのかなぁと思ってた。

もうすぐ家の前に着くよ、って時に、イトコちゃんの指が「ギュー…」って自分の手を強く握るのが分かった。自分も「ギュー!」って返事するみたいに繋いでから思わず「また遊ぼうね。」と言ったんだよな。

 

ここまでの事を、この1週間ほどずっと思い出してる。今朝の通勤電車の中では、呼吸法の練習をしてから、後半は瞑想することにした。

そんで、意識レベルを瞑想状態にしてからイトコちゃんと車中で一緒にいた時の想い出を再生してトンレンした。

4番チャクラの奥、魂にオーダーとゆーか、検索かけて、「イトコちゃんの状態」を再生した。

 

最初は胸がキューって萎むような、さみしー、もっと一!って要求のある感じがする。

そんで自分の左手が勝手にギュー…って閉じてきたから、あ、コレはあの時のイトコちゃんの動きだな。と分かる。

その後少し経ってから、4番チャクラの奥がジワジワ〜…‼︎って広がって「わーい!」って感じで嬉しい感覚になった。

瞑想で再生してそれをトンレンで味わってる現在の大人の自分は、電車の座席で、ジワジワと涙が出てきて感動する。

 あー、イトコちゃん、喜んでくれてたのかぁ、と感じた。あんなにちょっとしか一緒にいなかったけど、会えてよかったなぁ、と感じた。

 

その事を昼間も仕事しながら考えていて、人によって、楽しいとか、幸せって感じることは人によって色々だなぁ。とか、「その人の感じてる幸せ」を自分も同じように一緒に幸せ、って感じれるのは、いいなぁ。と思った。

「相手起点で考える。」ってどんな感じ?ってことに少し近付けたように思った。

 

30年以上も経って、イトコちゃんから凄い学びを貰った。今はもう会えない所にいるけど、いつか答え合わせと、お礼と、お返しをできるときまで愉しみにしたい。

 

自分は、そーゆーことを呼吸法でやってる。