ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

潜むキラキラ

入院中の母が亡くなったときは、連絡を貰って職場から電車とタクシーを乗り継いで病院に行った。

色々と処置をして下さったであろう後の、ひっそりと静まり返った個室には、弟と親戚のお兄さんが先に来てくれていた。

2人ともだいぶ泣きつかれたような顔をしており、自分が入室した事をきっかけに再び感情が込み上げているようだったけど、自分はひどく冷静だった。いつもそうなんだけど、周りが騒げば騒ぐほど、さめさめなのだ。(法要が終わっても、ずっと後までこんな感じ。あまりの冷静っぷりに親戚のおじさんが替わりに沢山泣いてくれた。ってのはまた別の話)

 

荷物の整理のために2人が出ていったあとに、自分は、やっぱり母の中身はもういないなぁ。と思いながら、周りの器械やシーツや皮膚や髪の毛を眺めていた。母のおでこの真ん中には、茶色とゆーか、日焼けした肌の色のような長方形の痕があった。

 

病院の安置室に移動してからも、弟と親戚のお兄さんは用事があって出かけたから、また1人になる機会があった。静かになったから、気持ちが軽くなった。

廊下の椅子に座って待ってたら、数人の看護婦さんや先生など、お世話して下さった方々が来て下さった。焼香を済ませて挨拶を交わしてから、婦長さん以外の方はお戻りになられた。

 

婦長さんはちょっと間を置いてから、静かで明るくて、柔らかい声音で挨拶をしてから「(母は)看護学生が採血するときなどは、緊張してるのをいつも励ましたり応援して下さいました。」とか「歩行訓練の時間以外のときでも、積極的に廊下を歩いてみたり頑張ってました。」とか入院中の母のちょっとした振る舞いを話して下さった。

 

病状がこーで、体調はこんなで、処置はコレをして、とか、そーゆー話ではなくて、当時の自分がそばにいてやれなかった時間の風景を教えて下さったのが、自分にとって新鮮だった。

このときの婦長さんは、患者としてではなく、「ひとりの人物として私が素敵だなぁと感じたこと」を述べてるように感じた。

うまく言葉にできないんだけど、パブリックを通してパーソナルを話して下さった。とゆーか。こーゆーの、なんて言えばいいのかな。

 

日々の暮らしの中に潜む、キラキラしてる部分を伝えよう。

 

自分の周りにはそんな大人はいなかったから、凄くいいなぁ。と思ったんだよな。あの時、冷静だったからうまく気づけて受け入れられたんだな。

今日は命日だからなのか、そんなことを思い出した。