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ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

学びの姿勢

・自分の弱みや答えが出ていない部分を、質問したり尋ねたり提案する時に、だいたいは2種類の反応が返ってくる。

「弱みを突かれるのは痛いし苦しいから、相手の質問や提案を嫌いになったり鬱陶しくなってくる場合」

「自身の弱さや答えの無い状態を自ら認めているから、相手の質問や提案を、ヒントや参考にしていこうと聴き入れる場合」

同じように質問したり尋ねたり提案をしても、反応の違いがあるから、その人がどんな事を考えたり、どんな感じで自身を大切にしてるのか、なんとなくわかってくる。

 

・それをするとコレがダメになるから、無理、出来ない。と何を言っても同じところをぐるぐる巡るような会話とゆーのは、会話の鮮度が落ちてくるし、飽きてくる。つまんない。

氣(想い)は、停滞させずに循環しているほうがヘルシーなんだけど、この場合のぐるぐる巡るってのは、「循環」ではない。

しかし、中にはこの「鮮度の落ちた状態」を好むとゆーかたもいらっしゃる。

いや、好んでるとゆーより、いつものほうに馴染んでるから安心するんだろうな。

 

・自分はまだまだ未熟者だから、弱さや答えの無い状態のとき、大量に氣を消費して余裕がないときなんかは、嫌になることがあるし、今はまだその件は出来ないなぁ。と会話が続かないこともある。

でも、普段から自分で気付かなかった弱さや痛みや、強さや喜びを、教えてもらったり再確認できたなぁ、と意識下に置き「行」として捉えてると、素直とか吸収の位置にスッと移ることが出来る。

そうなると、後はもう学びの姿勢だけになる。