ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

鍵と答えと連鎖

いつものことだけど、つれづれなる、メモ的な内容だとゆーのをあらかじめ述べておきます。

 

・先日の大阪のことをブログにかいて、タイトルを「ゆうがたヨクサルの色彩」とつけた。

ちょうどその1ヶ月くらい前から、何故だかZELDAの「時折の色彩」って曲が頭の中でヘビーローテションでかかっていた。高校生の時の友人がZELDAのコピーバンドをしていたから、懐かしいなぁ、とは思ったけど、今頃なんでこの曲を思い出したのかなぁ?とも考えた。

色彩って言葉は綺麗だし、「メオトdeオーラ」で自分の氣の状態を色で描いてくれる大阪のMさんのことが、この歌詞に重なったのかなぁ?と考えたからタイトルにしたのだ。それでスッキリすると思ってた。

 

自分の場合、いつもなら上から降りてくるヒントに対して、答えや理由に辿り着ければ、このヘビーローテションで頭の中に浮かぶこととゆーのは消える。

でも今回はまだ答えに辿り着けてないらしい。

未だに頭の中でヘビーローテションでこの歌が浮かぶ。コレは鍵だ。なんでかなぁ、しつこいなぁ。

 

・昨晩も、このことを考えていて、なんとなく「楽譜」って言葉も浮かぶ。楽譜?

んんー?楽譜、がくふ、タブ譜

あれ?そう言えば自分が高校生の頃にバンドやってたときの楽譜をしまってあるファイルに「時折の色彩」のタブ譜があったような気がする。

いやしかし、当時の自分はメタルとかハードコアパンクのコピーバンドをしてたから、ZELDAはやってないはずだよなぁ、と無性に気になったまま昨日は眠った。

 

今日は帰宅してから押入れの中をガサ入れしてタブ譜ファイルを見つけて調べたらあった!

それから思い出した。コレ、弾いたわ。

自分がギターをやっていたバンドの、ドラムの子と一緒に、頼まれて他校の文化祭でやるバンドのヘルプをしたんだ。当日は台風で大雨の中、他校の文化祭に行って、視聴覚室と体育館の2度のステージで「時折の色彩」を演奏したんだ。

当時は、女の子バンド全般に対してまーったく興味なかったから、頼まれたギターパートのメロディラインだけをひたすら練習した。歌詞だの曲名だのを忘れてた。自分で演奏していたのに覚えてないってのは、我ながら酷い。

 

自分のギターやベースの演奏などはすごーく下手だったけど、ひと不足なのか時々、ヘルプを頼まれていくつかのバンドで一緒に演奏した事があった。

そのどれもが、「一緒に参加してる」とゆーよりも自分は「仮りで手伝ってる」とゆー感覚だった。もちろん愉しかったし、知り合いもできたし、真面目に練習したけれど、気持ちは「他人ごと」だった。自分のバンドの事を考えたり、練習やライブをする時とは違うんだよな。

ああ、そうか。これかぁ。

「仮で手伝ってる感覚」だ。

 

「自分のものではない、誰かのイベント(現象)」と「自分のものであるイベント(現象)」とでは、手触りとゆーか、リアルの感覚が違うんだ。

なんだかいつも「誰かの現象」に「仮で手伝ってる」ときのほうが多い生きかたをしていたなぁ。(それが良いとか悪いとか、得とか損とか、ってことではない)

 

・最近の、人と関わるイベントに、この感覚は合致する。

そのときどきにより、自分が置かれる現象に対しての違和感とゆーか、この感覚の違いってのは、「自分の役割」「間合い」「この先の展開」とかを意識的に捉えるための参考になるなぁ。なるほどねー。面白いなぁ。

なんだか上からのヒントも単純だった以前より、ずっと複雑になってきてるなぁ。でも個々に散らばってる小さな答えが繋がって連鎖して、ひとかかえの答えを得ると面白くてゾクゾクする。自分のそれを観てるなにものかは、ニコニコしてる。