ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

怒りの味のあとに

自分が古式マスターヨーガを学び始めた初期の、何度目かの東京氣塾に参加して、トンレンの練習をしたときに思ったことがある。

トンレンは、呼吸法で氣を発電→相手の氣を自分に受けたり自分の氣を相手に送る→を繰り返しながら循環させて、ひと組みの流れを作る→送ってもらった氣の情報(感情、体感など)を読む→相手を知り、自分を知る。って感じで行う。

そのときの練習内容は、「大好き」と「怒り」の気持ちを意図的にイメージして相手に送って、その感覚がどんな感じか?データにしていくことだった。

 

ある女性とペアを組んで、最初は「大好き〜!」ってイメージをトンレンして貰った。

 胸からヘッドライトみたいな放射状の塊がふわーっと広がって、ニコニコしてるような、暖かいような、優しい感じがした。

おお〜⁉︎感情ってこんな感じで入ってくるのか。面白いな。このかたは「好き」を外に表現なさるの慣れてるなぁ。と思った。

 

次に「コンニャローっ‼︎腹立つ‼︎」ってイメージを自分に向けてトンレンして貰った。

右手のひらから手首に入ってきてる時点でもう判って、モコモコぐつぐつたぎる感じで、自分は我慢しながら循環させたままにして、胸を通過する時はキューって苦しくなって顔も険しくなって、左手に抜けていった。

自分はどんどん暗くなり元気がなくなってしまった。ただただ、怒りに対して哀しかった。でも、どこか深いところで「可哀想だな。」って印象も受けた。

ありがとうございました〜。と終えてから、感想を述べようと思って言葉を考えているうちに、自然に涙が出てきて、何も言えなくなってしまった。

トンレンの練習として意図的にイメージしたものなんだから、相手のかたには悪気もないし、単に自分がその状態にのまれただけなんだけど、当時の自分は気力も器量も少ないから、制御することが出来なかったのだ。

 

「この感覚には憶えがある。」

氣塾を終えて、帰宅途中の電車の中で考えた。

そうだ、むかしの知り合いで、一緒にいたときあんな感じがしたのを思い出した。ああ、彼女は当時こんな感じで毎日自分といたんだなぁ。と判った。辛かっただろうなぁ、と思った。語るに語れない感情のまま、毎日いたんだなぁ。

気持ちを汲み取ってやれなかった自分も未熟だったのだ。

 

もう会うこともない人だけど、当時を思い出したことで、自分はこれから気力と器量を増やして、自分がのまれずに揺れずに、相手を汲み取っていきたいな。と思った。

当時の彼女との経験も、トンレンの練習も、励みになった。だから怒りの味を受けて考えるきっかけになったことを彼女に感謝してる。