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ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

背伸びして届く壁

・静功は、自分の中身、氣の巡りや気持ちに集中して観察できる。

動功は、周りの人の状態や、自分がコレをしたら、周りの反応はこうなった。とゆー状態を観察できる。

 

呼吸法からの瞑想状態を作るときも、「外側に意識するとき」と、「自分自身の中に意識を向けるとき」とがある。

そのどちらのときも自分で選んでるわけだが、どちらも選ばないとゆーか、「両方に対応するかたちで意識を薄める」こともある。

最近は、この薄めてる状態にしてることが多い。敢えてそうしようと思った訳ではなくて、いつの頃からかそんな風にしてた。

 

そんで、日常生活でなんか起きてきたりしだすと、じわじわと適切な配合に寄ってくるのがわかる。

あー、今は外側に意識を寄せるほうがいいのかぁ。とか、おおー?今度は自分の中身に意識がフォーカスされていくなぁ。とか、その都度、なるほどねぇ。と変化するのを見せてもらういい練習になってる。

 

・上記のような練習とか実践をなんども繰り返したり、一定期間を費やして行っていたことが、短縮されるとゆーか、効能は同じだけど直ぐに済ませられてる感じがしている。

あっけなく済むとか、あれ?こんな程度でいいの?とか、手応えに違和感があるから気付いた。

欲しい情報はダラダラとではなく、まとめて集まってくるし、相手の反応を受けて次はこうなるな。とゆー直感や背景を感じることも増えてる。

 

情報や方向性を感じれるから、軌道(目標)からズレてるなら寄せればいいし、ズレてないならよーし。って観察続ければいい。

手を貸すほうがいいならするし、手を貸さなくても大丈夫なら、よーし。って休憩できる。

休憩できる量が増えれば、そのぶん力が蓄えられるから、さあ出番ですよー!のときにはよっしゃ、任せろ、と頑張れる。

 

コレが行の「中等技術」、陰陽を整える工程であってるならば、自分はまあまあやれてるのかな。

「四段目」「五段目」から持てる「能力」の方向(即応性を得る)4|古式マスターヨーガ「本当に使える《氣》の正体」

まあ、やってる本人にとっては「ぬおぉーキツい…:(´ཀ`)」って背伸びしまくりの壁だけどな!