ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

初々しい

この数日は、古式マスターヨーガの呼吸法を練習し始めた頃のノートを読み返している。ほぼ毎日のように、感想や体感などを数行だけ書き記しているだけなんだけど、んま〜っ‼︎この初々しさったら!

 

始めの頃はとにかく氣を発電する呼吸法をしつこくしつこく繰り返し練習していて「どうやったらいい感じに氣がお腹から出てくるか?」とか「今日はちょっとだけ背中側が暖かく感じる」とか「歩きながらでも呼吸法出来るようにしたい!」だとか考えてる。

当時は体調を崩していたから、外出することもなく、家で細々と出来ることを少しずつこなした。出来ることが増えてることを喜んでて、そこに自信と充実感を得てる。

ちょっとした会話や店先での出来事を楽しんでる。

自分が思ってる「いいほう」へ、ひと足ごと歩いてる。そうしてるうちに、連鎖的ないいことが見つかったりしてる。

疲れてたり、時々腹が立つことが起きて、弱音を吐く自分が書いてあってもその次の文字には希望が込められていた。この前向きな姿勢ったら!

3ヶ月後くらいには、「もっと練習を続けていつか武当派太極内丹法もやってみたいな」とか書いてあるな。

おぉう、やってるよ!その翌年には内丹法の呼吸法でビバビバ発電してるんだぞ!

 

そこにはトンレンのことなんか、ちっとも書いてない。先ず、基本の呼吸法をしつこく練習してる自分がいて、身の回りの人達のことを観察するようになっていて、起きる困難にはその時に習った呼吸法をとにかく実践している。

 

ときどき、氣の体感や出来事を「コレってもしかしてこーゆーことかなぁ?」って推察してて、かなり的を得たこと書いてある。

親戚の叔母さんが入院して亡くなった時のことや、誤って部屋を水浸しにしてしまった時のことや、友人と過ごした素敵な時間や、勝手に自分のせいだと思いこんで不安だった夜のことやらが書いてある。

 

自分が書いたんだってのは、覚えてるし、事実なんだけど、今読み返すと、そこに居るのは遠い昔の誰かのことみたいだ。

その時に感じた、悲しさや恐怖や幸せや不安とゆー想いは、ちゃんと魂に記録されてる。

記録されてるし、事実だし、覚えてるけれど、やっぱり今の自分からすると、それはもう過去生とゆー感覚になるなぁ。