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ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

ため息三様

クラッシックの曲は、ほとんど知らないけれど、リスト作曲の「ため息」は好きだ。

流れるようなのと、単音で一音ずつキンッ!って打つのとが、聴いてると心地よくなる。

弾いてる人の手元は、鍵盤の上をなめらかに滑っていて、これも見てると心地よくなる。

ピアノの音が、生き物の様に感じてくる。

 

さっき、久しぶりにYouTubeの動画でピアニストの演奏を聴いてみた。

ある大人の女性は、感性で演奏をなさっておられて、6番チャクラから必要な感覚の指令を各チャクラに出してるとゆーか、引き出してる。それから7番を通り越すように氣の流れが立ち昇る。自分はこのかたの演奏が好きだ。

 

ある大人の男性は、6番と7番が連動してる。

どちらかとゆーと、7番寄りで、最初に聴いた女性の演奏よりは少しクールとゆーか、論じてる感じがする。追究する感じでかっこいい。

 

ある10歳の女の子の演奏は、4番チャクラがオープンで、楽しく嬉しく、演奏をする行為を面白がってる。場面ごとに違う4番の反応があり、ときに笑って、ときに息を潜め、ときにグッと掴みにいく。コレ、いいなぁ。すてきだ。

 

何故弾けもしない自分が、こんな感じなんだなぁ。と、体感で愉しめているかとゆーと、音楽には想いであるその人の氣が乗るから、その音と共に乗ってる氣のほうをトンレン(氣の受け渡し行為)すると、自分の身体の各チャクラに圧迫感や流動やリズムを感じて、場合によっては顔の表情(笑うとか)も勝手に変化してくる。

だから演奏を聴いてる自分の感想&状態とは別の、その人の想いである氣の体感&状態も自分の身体に受けている。

 

うーむ、文字で書くと分かりずらいなぁ。

なんか似てる例えないかなぁ。

海外のドラマや洋画で、日本語と英語を同時に聴いてる時の感じ。副音声で、声のないシーンでも何をしてるのか解説するあの感じ。

 

でも、実際にはどんな人でもトンレンで想いは共有しているんだよな。

音楽を聴いたり、いや、絵だろうと工芸美術品だろうと、文章でも、落語でも、食事でも、好きな人とのおしゃべりだろうと、いつでも氣の受け渡し行為でやり取りしてる。

普段それを気づいてるか、そうでないかの違いだけで、あー、ゆうがたヨクサルのソレ、なんとなくでも、いいたいことわかる〜。って、そーゆーひとは、センスあるから呼吸法するともっとそれらを愉しめるかもな。