ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

職人のいる家

父方の祖父とは、15年間一緒に暮らして15年目に亡くなった。

祖父は西洋的な仕事がしたいと決めて、横須賀でパン職人の修行をして、同じ店で働いていた祖母と出会って結婚して、独立してパン屋を続けた。

祖父は早朝に起きると、下の階の工場に行って、パン種を捏ねるミキサー機を仕掛けたあとは、インスタントコーヒーを飲む。

そのコーヒーの香りが自分の寝てる二階の部屋まで香ってくる頃、自分も起きて工場にいる祖父のところに行く。

 

「起きたのか。」「うん。」会話はこれだけ。

なんでか分からないんだけど、実家には「おはよう。」と挨拶する習慣がなかった。

お休みなさいや、いただきますや、ごちそうさまでしたや、行ってきます。はあったけど、「おはよう」だけは誰も、言わないし、聴いたこともなかった。

たまに親戚が泊まりにいらして、朝になって「おはよう!」と挨拶されたりすると物凄くドキドキした。

 

祖父がコーヒーを飲み終えると、再び工場でパン種を仕込む作業が始まる。

その頃になると、父親も起きてきて一緒に作業をする。

祖母と母親も弟も起きて、自分たちの朝ごはんを作ったり、幼稚園と保育園の支度を始めて自分が出掛ける頃には、発酵が終わったパン種を分割している時間帯になってる。

トントンとリズム良く、スケッパーでパン種を切っては、秤に乗せて計量して、横に置いていく。父は二回くらい秤に乗せて横に置くけど、祖父は一発で計量が決まって横に置くのだ。

これがひどくカッコよく映った。

 

この後はパンのフィリングを包む工程になる。

手のひらのなかで、リズム良く平たいパン生地に餡子やらジャムやらを包んであっとゆーまに小さな丸い塊が出来る。

これは何度見ていても不思議で、気持ちのいいものだった。

 

自分は、祖父が毎日同じようにパン種を仕込んで、コーヒーを静かに飲んで、一発で計量を決めて、次々とパンの仕込みと成形をして、焼きあがったパンとゆーものを見るのが好きだった。

アルミのおぼんに綺麗に並べて、ガラスのショーケースに入ってるパンを眺めるのも好きだった。

祖母や母が、お客さんたちの注文を受けて、パンを紙袋にどんどん入れて、クルっと1回転ひねって手渡すのを見るのが好きだった。

こーやって毎日同じように出来上がる祖父のパンをお客さんが買ってくれて、そのお金でご飯を食べたり生活できている自分たちは幸せだなと思っていた。

 

台風や天気の悪い日は、どうしても売れ残るパンが出る。それを見ると、心が苦しくなった。

そーゆー日の、晩御飯の時には、家族みんなはご飯を食べてるのに、自分だけは残ったパンを食べた。

「お前はパンが好きだねぇ。」と飽きられたけど、祖父のパンが廃棄される事を考えると心が苦しくなって、だから食べた。

自分からしたら、「おじいちゃんが作ったパンが残ってるのに、何で新しく食べ物を作って食べるの?」と思ったんだよな。

 

小さな町の、小さなパン屋の、これまた小さな子供だった自分は、祖父のパンが好きで、誇りに思っていて、幸せだった。

無口って訳ではないけど、静かに振る舞う人で物凄くかっこいい人だった。そーゆー職人のいる家だった。

 

自分は、真剣に何か決めなくてはいけない物事があるとき、必ず「おじいちゃんならどう考えたかなぁ。」と心の中で相談する。

「お前はそそっかしいんだから、ちゃんと出来ると思えようになるまでは、ちゃんと理解していると思えるまではコツコツやりなさい。」

小手先だけで次々と進めるなよ?と言ってくれてる感じがする。うん。