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ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

気にせずやり続ける

・単なるエゴではなく、それが誠実なものならば、気にせずやり続けるようにしている。

例えば、仲がいいとか、それなりに円滑な人間関係の間で、なにかの役割や意志が生じて、「わたしはこうする」っていうことが相手や周りに理解されない状況になったら、ストレスは強まるだろう。

一般的には、やんわりと無難でいることがよしとされているから、いつもと違うこと、変わった事をされると相手や周りには先が見えないから不安になるよな。

うん、わかるよ。だが、それでも目標のところに向かって取り組む姿勢は壊さない。←この部分、長期的なスタミナの「意志」「根気」は2番チャクラで養生できる。

 

峠を越えるまでは冷たい関係になるかもしれないけど、やがて結果も見え出してくると、センスのいい人たちの場合は、「ああ、こーゆー理由でそうだったのか。」と気付いたり、なるほどこの方が具合がいいぞ、と肯定側に寄る。

そこまで意識的に気付くことがない人たちでも、よく観察していけば何処かに肯定側に寄っている柔らかさを感じる。

それでも一部の人には、やっぱり受け入れられない事もあるものだ。しかし、だいたい、そんなもんだろうよ。

 

・自分の好きな人物のひとりにマザーテレサがいる。

彼女の言葉で「気にせず続けなさい」という内容のものがある。翻訳のされ方が色々だから、「それでもいいからやりなさい」とか変わるけど、でもいいたいことは伝わるよな。

 

この、「気にせず」とか「それでもいいから」だとかの部分が、自分にとっては非常に苦しいのだ。凄〜く難しい。

気にしちゃうし、それでもいいのかなぁ?って疑いそうになる。そして泣きそうになる。むしろ泣く。いや、コレは後で大事な素材になるからいいのよー。

 

その後に呼吸法して整えて、フラットな意識で俯瞰していると、泣いた理由や苦しさや疑う理由なんかが見えてくる。

なるほど、自分にはこんな部分もあったのか。と発見する。

意志を決めて取り組むとゆーのは、自分の場合、これらの工程が常になされていることで動いてるのだ。

そうやって「気にせず続ける」ことができる。

自分の場合、呼吸法はこんな感じでも使うよ。