ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

肩揉み耳かき

・呼吸法による気力の増幅は、気持ちが大きく、強くなる。ふくらむとも言える。

踏み出す勇気や、変化に費やす期間中の根気、滅入った場合の切り替え、そーゆーことに気力は使える。

そして、氣は相手に「分け与える」のにも使える。

ここで肝心なのは「与える」って行為が、「相手にとって、それがちょうどいいのかどうか?」「与えてる質は?」を考えなければ、ただの自己満足になる恐れがある。ってことを自分はよく考える。

 

・肩揉み自慢の人がいるとしよう。

じぶんは肩を揉むのがうまいんだぜ。そのための筋力もついてるぞ。自信あるんだ。ああ、そこのキミ、肩揉みしてやろうか。

と、誰かの肩を揉む。

強めに押されるのがちょうどいい人もいれば、同じ力加減でも痛いよ!って感じる人もいる。え?揉んでたの?と物足りない人もいるかもな。

 

このとき肩を揉む力を調整すればいいだけのことなんだけど、同じようにしかしない、できない「肩揉み自慢の人」は何かと言い訳をする。

ちょうどいいって感じてる人の賛辞だけを受け入れて、それ以外の人の感想は「攻撃」と捉えて拒否する。

賛辞は自信を持つのに有用だけど、慢心の、そこ止まりの種も含んでる。

本心からのと、そうでない言葉とは、エゴで簡単にわからなくなって、見分けがつかなくなる。そこらへんを制御、冷静に判断するための氣力でもあるな。

 

・「耳かきのすきな王様」とゆー絵本がある。小学生の頃に、学校の図書室で読んで、ずっと覚えてる。

好きなことを相手にしてあげて、やり過ぎて、壊れて、寂しいことになって、相手を思うことを学んで、自分も相手もどちらもがニコニコになる。

 

どちらかではなく、どちらも。だ。