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ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

粒々から始まる②

続きを述べます。

最初に教えてもらった呼吸法は、全部で3種類あった。

「氣を発電する呼吸法」

「氣を落ち着かせて下に降ろす呼吸法」

「頭の中に残ってる氣を抜く呼吸法」

 

昨日のブログに書いたけど、氣を発電する呼吸法は体感が分かりやすいし、面白いから何度も繰り返しやる。どんどん身体の中に圧迫感が起きてくる。

それに加えて、日々の仕事やら私生活やらの「面倒なこと」や「余計な考えごと」があったから、頭の中がボーッと詰まったような、パツパツに充満するような体感が起きてくる。

 

逆立ちをして、頭に血がのぼってパツパツになるような、電車に乗ってトンネルを通過するときに耳の奥がプッ!って圧迫されるような感じ、ちょっとだけ、音や声なんかが遠いような感じで聴こえにくいとか、それらの感覚が何時間も続くのに似てる。ってのは、結構不快だ。

 

氣である意識や感情が、沢山溢れて、蹴りがつかないまま、頭の中にたまる。

気持ちはソワソワするし、何か動きたいし、何かあるとすぐに反応する。

これが有効な場面もあるけれど、24時間ずっとそんなんじゃ不自然だし、自分は嫌だ。

 

でも、「氣を落ち着かせて下に降ろす呼吸法」をすると、フワーン!って静かになってきて、今まで感じていた身体中の圧迫感が薄くなってくる。

首から腰までの中身が、スッキリ軽くなってくる。

だから、このやり方をすると、今までの気分や衝動が収まるんだな。と分かってくる。「退陰符」と呼ばれる呼吸法だ。

「コレがたいいんふかぁ。」って、体と意識で覚えていった。

 

胴体内は軽くスッキリしたけれど、頭の中はまだ完全にスッキリ感はない。

「頭の中に残ってる氣を抜く呼吸法」をすると、詳しくは述べないけど、目の周りの筋肉とゆーか、緊張がほぐれる。

ゆっくりと、何度も繰り返しやってると、頭のてっぺんとゆーか、表面がスースーしてくる。

なんでかわからないけど、目を閉じてると小さな細かくて沢山の赤と青と黄緑っぽい3色くらいの粒々と明るさとが、上へ上へとゆらゆら移動してくるように映る。

頭の中の圧迫感はなくなって、スッキリして、眼の緊張感がない。

この呼吸法をすると体感が変わるから、ちゃんと出来てる。ってわかる。

「頭頂開調息」ってやつだ。

「とうちょうかいちょうそく」かあ。と覚えてくる。当時は「登山好きの町内会長が頂上につけた足あと」って、浮かんでくるからふざけてるみたいで、駄目だなあ。と思ったけど、頭の中はスッキリしたんだ。

 

教わった3種類の呼吸法は、持ってるだけじゃ勿体ない。「教わる」から「覚える」になって「身に付ける」ようになりたかったんだ。

日常生活の中でやる事の優先順位、上位に「呼吸法をする」を加えた。

毎日、自分の色んな不快さを解消したかったから、いつでもスーハーやってた。

いや、息をしてるだけだから、産まれた時からやってるんだけどさ。

 

まだ続きます。