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ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

暮らしのノート

昨晩は愛知県にお住いの「愛知の忍び」さんとskypeトンレンを練習した。

今回も呼吸法による氣の体感が増えるには、どんなやり方がオススメか?って内容で練習をさせていただきました。いつもありがとうございます。

 

skypeを始める数分前まで、ずっと思考循環をしてたんだけど、あるテーマについて、AとBの共通点が見えてきたから紙に箇条書きで書いていった。

自分の場合、氣の視点で学習していくときは2種類のノートを使ってる。

1つは氣塾やトンレン部や遠隔レッスンで教わる講義や出来事、そこから分かってきた事や体感などを清書で記す。日記の役割もしてる。

 

もう1つは、文章になる前段階の言葉だったり、絵だっだり、記号を書くための雑記帳だ。文字はかろうじて読める程度で、絵や記号もカッコいいものではない。いつでも出先で書けるようにカバンに入れてある。自分が持ってるペンの中で1番滑らかに書けるペンを一緒に添えてある。

ぱっと見、それだけでは何のことやら分からないけれど、文章として組み立てる前の単語のビーズや体感のレゴブロックのようなもので、各パーツを手に取っては置いたり、別のパーツ同士を見比べたり分解したりする。こっちの雑記帳の内容のほうが、見た目は麗しくないんだけど、活きてる感じだから捨てられない。

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↑コレは3年前くらいの、氣塾で学び始めた頃のノート。

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↑最近のノート。「愛知の忍び」さんとskypeで話してて質問された事の考えを進めて浮かんできたやつ。そのうち余白や隙間に上書きしたりする。中途半端な状態だから、まだ人には説明できない。

 頭の中で、浮かんでは遠のく思考と、手元のノートに描くのとは、表現されてく質量が全然違ってて、描く方が追いつかない。

 

例えば、晩ご飯食べ終えて食器を洗ってる途中だとか風呂入ってるときに浮かんだりするときの、慌ただしさったら。

「ああ〜〜っ!」って、なってもすぐかけないときは呪文みたいに単語をブツブツ言って書くまで忘れないようにしてるから超怪しい。そんな暮らし。