ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

3段目の後半で得たこと③

彼らに1人ずつ話を引き出したり観察したとき頻繁に出てくる言葉があった。

「相手のためにやってる(言ってる)のに」とか「相手を思って我慢してるのに」だとか。

それから「相手がかわいそうで」と「相手の本当の気持ちを知りたい」とかも何度も聴いた。

 

文字にすると、健気でいい言葉っぽいんだけど、実際に言っているのを聴くと、本当にそうなの?って違和感があった。

「相手のために」って言葉の奥に繋がってる感情が、悲しいのばっかりなんだ。

でも世の中には「相手のために」って言葉の奥に繋がってる感情が、嬉しい!って人もいるんだけどなぁ。

 

言ったこと、したことの先にある「見守りつつ、その後の経過」とか「伝わってるのか、相手が理解しているか」をチェックしてるのか?と感じる。

相手に伝わるとか浸透する時間は、個人差があるから、待てずに自分の想いだけを次々申すとゆーのは、本当に相手の為ってことなのかなぁ。

 
相手の為のだとしても、自己の行為「する」か「しない」かどちらかを選んで行なったのは自分自身だ。自分で選ぶ自由があって、自由とゆーのは幸せのひとつだから、自分の場合ならココで嬉しいが発生するんだけどなぁ。

(あれ?彼らは自己の行為を自分で決めて(意識して)ないから不自由で、だから悲しいが発生するのかな)

 

 

自分の選択した行為を受ける相手がいて、そこから先は相手の領域だから、反応がどう返ってくるかは相手の自由だ。

怒るかもしれないし、迷惑だと嫌がるかもしれないし、嬉しいと喜ぶかもしれない。

その反応が、思っていた事と違う時、失望感としてストレスになるならば、「期待はストレス」ってことだ。

ストレスが辛くて嫌なら、期待しなければいい。でも敢えて期待する事で、ワクワク愉しめるなら、「思ってた反応と違うこと自体が愉しめる」ってことになる。

 

自分はこーいった考えかたをしてるんだけど、彼らはそれを聞くと「うーん」と生返事する。でも実際、行き詰まっているから(具体的な行動を含め)とりあえずやってみたりすると、まんざらでもないような、「なんか変わってきたな。」って感じるようで、少しずつ変化した。

 

現在、父は要介護3の認定を受けて、自宅型有料老人ホームで、自分で掃除したり自炊したりするようになった。料理をするのが面白いようだ。

無表情で、杖無しでは歩けなかった当初と違って、いまは杖無しで歩いて、散歩がてら食材を買いに行く。自分好みの食事を自炊する。彼のペースでゆっくり変化してる。

 

弟夫婦も父と距離を置いたことで、息苦しさ、うんざり、気力の目減りが軽減した。今の現状は、彼らにとって「楽になった」ことになる。

でも、やがてコレも慣れてしまって当たり前のことになれば、また別の不満が沸くのだろう。停滞は変化を求めるからな。

 

3段目の後半は、「自分以外の誰かの問題にどう関わるか、どこまで手を貸すか、どこを誰にやって貰うか」とゆー実践だった。

気力が高いと、なんでも自分で早く進めたくなる。なんでも手を貸したくなる。それを抑えるのが大変だった。

普段の呼吸法は、ゆっくりとして氣の波を立たせないようなやり方に変えた。

最初は抵抗感あったけど、バッサリいい切ったり、冷静な態度をとる場面も増えた。

 

ケアマネさんは父のことを「こんなタイプのかたは初めてです!」と困ってたし、家族や複数の親族が散々説得しても、ダメだった話しあいを「これはもう、ゆうがたヨクサルに任せるしかない」と、蚊帳の外だった自分に番が来た時も、

「ギャーッ‼︎」って心情は大変だったけど、夢中で氣の循環つくって、相手の状態に合わせて調整して、場を操作してたら、呆気なく話がまとまったのも、いい実践になった。

そこに一緒にいた弟は「うわー。まさか今日まとまるとは思わなかった。なんか(氣を)やってただろ?スゲーな。」と驚きながら笑っていた。

 

取り組んでる間、自分に何か言われると「大丈夫だから。できるからやってごらん。」と「問題ありません。大丈夫です。絶対寄せますから。」とかばっかり言ってた。

 

結局、得たことはぁ、何なの?と、まとめるならば「やったら出来た」って事が沢山あった。ってことかなぁ。

 

こんな自分なんかが出来たんだから、これから3段目を進むかたは是非「やったら出来た」こと、今度聞かせて下さい。

 

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。