ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

3段目の後半で得たこと②

毎週、2、3回はメールや電話や病院の付き添いで、聞き役に徹した。情報収集だ。

あるときは半ギレの電話を聴いて、ある時は真意を隠した建前を聴く。ある時は泣いてるし、ある時は傲慢な思い入れを語るのを聴く。もう限界だ!を何度も聴かされた。彼らが興奮してれば退陰符で落ち着くように下げた。

こうやって自分の反応を伺って、かれらにとって本当に味方なのか?を試されてるんだなぁ。と思った。

 

誰の味方かどうか、そんなのは自分にとって関係なくて、3人の方向がバラバラなのをどう繋げてどう運ぶことがいいのか?を意識した。

最終的には父は実家から離れて暮らすことになるなぁ。と感じていたから、それ用に手伝ったり協力する場面はあったけど、自分は俯瞰できる立ち位置を変えなかった。

 1つの工程を決断したり、始動するスピードがずっと遅く、3ヶ月とか平気でかかる。

一般の人の気持ちの変化とゆーのが、どれほどかかるのか、どれほど揺らぐのかのいい勉強になった。長引くと間合いもズレていくから、その都度対処をした。

寄せて〜、戻して〜、を繰り返すのはしんどい。だから忍耐力と覚悟、意志が大事!ってのも再確認できた。2番チャクラ、大活躍だった。仕事も忙しかったから、氣をバンバン消費しては、発電した。

  

会話もなく、無表情で機械のように言われるまま、通院する父へは、気力の補充から始めた。

待合室で座ってる間に、仙骨もしくは左手にビバを打つ。打つと言っても、はたから見れば隣に座ってるだけなんだけどさ。

その際、ほのぼのした楽しい気持ちで呼吸法をする。そーゆー気質を打つのだ。このほうが、力みが取れるし、相手の閉塞感も和らぐから流しやすい。

見た目は無視されようが、沈黙だろうが気にしない。氣の情報は嘘をつかないから、そっちをトンレン(観察)する。気脈が詰まってて細い。通りも少ないなぁ。

 

父は転んで脚を痛めてからは、杖をつかないと歩けなくなっていたから、「杖、頑丈そうでいいねぇ。」と思ったことを言ってみた。

父は杖を持った手を離し、自立型ステッキなのだ。と無言のアピールする。

おお、反応が返ってきた。

 

「へぇー、手を離しても倒れないんだ。面白いなぁ。便利なのみつけたじゃん。」

今度はグリップの部分についてるライトを点ける。灯りもつくんだぜアピールだ。よーし。乗ってきた。

「(冬だったから)夜道が暗くても、灯りがあるならいいねぇ。安心だねぇ。」

褒めは人を促す。選択した事を承認して貰うのは、原動力になる。

小さなかすれ声で「…2本買ったんだ。」と教えてくれた。

 

数日かけて、父が得意なジャンルを質問して答えてもらうような短い会話をした。

次第に無表情の父が、言葉に抑揚がつき、自分の思いをぽつぽつ話してくれるようになった。声も日ごとにしっかりしてきた。その間も、ずっとトンレンと氣の打ち込みは続けた。

この頃から遠隔で気力を送れるようになりたい。と考えていたから、毎朝、電車の中と夜、寝る前に父や弟夫婦に向かって飛ばす練習をした。
氣塾の生徒さんとskypeで練習させていただいたのも有難かった。

離れてる相手に行なう練習量が増えたことで、自信が少しずつついた。

 

 長いなぁ。でも続きます。