ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

わだかまりを洗う

先日の土曜日は、晩ご飯を食べ終えてから呼吸法の練習をした。
最近は自分の個性や長期的な方向性を確認しているので、いつもより5番チャクラの呼吸法を丁寧に行った。
椅子に座って練習してたけど、5番の途中から立って呼吸法した。

1時間半くらい②〜⑦まで練習してから退陰符でがっつり意識を2番に降ろしてそのままキープする。
固い床に立ってるのに、足の裏はジェル状の地面かなんかにいるような体感があった。ユラユラしてるのに、足元を見るとしっかり立ってる。
退陰符で、粘度の上がった氣を足元まで降ろせたから、こんな体感になったのではないか?と思った。

寝る前に、その日に起きたことや、知った情報をもう一度考えてた。
友人が、自身で決めて何ヶ月もかけて行動してきた事を形にして、土曜日に成果を感じてとても満ち足りた気分になったと彼女のブログに書いてあったのを読んで、頑張ってたもんねぇー!良かったねぇー!って嬉しくなった。
自分で選んで行動してきた事を、素直に自分で褒めれるとゆーのは、とても素敵なことだ。
それに比べて、自分はまだまだ色々と甘いなぁ。と思った。

5番チャクラの練習を多めにしていたのと、成果と自信を得た友人の話がきっかけになったんだと思うが、寝しなに変性意識状態になって、一瞬、4番を横切る悲しい感覚が起きてから7歳の時の自分が突然出た。うわぁ〜⁈今から?寝たいんだけどなぁ(−_−;)

たまーに、過去の記憶が湧き出すことはあるけど、もう1人の自分が自分の中にハッキリ分かれて登場するのは興味深いんだよな。
今の大人の自分は聴き手になって、過去の子供の自分の気持ちを体感で共有する。そこから分かってくること、当時の自分には気づかなかったことを見つけて固定化した考えを変化させるのだ。
大雑把に言えば、こだわりとかわだかまりを洗うってこと。

内容は小学2年生の夏休み最後の日に、宿題が終わらなくて弟と2人で取り掛かってた時の風景だった。
えぇ〜?何でこんなこと思い出したの?

両親に叱られながら晩ご飯を食べ終えて、机に向かって最後のドリルを終わらせて「あー、間に合った!」と安心して布団に入った。
弟は半泣き状態でまだ机に向かって宿題をしてて、その両サイドに両親が立ってて怒りながらも手伝ったり見守っていた。

しばらく弟と両親の光景を見ていたら、悲しくなってきて、布団の中で泣きだしちゃったんだよな。
当時の自分の淋しさと悲しさで気持ちが一杯になった。
それから泣いてたら母親がキレて自分に怒ったんだったよなぁ( ̄◇ ̄;)

あー、自分はちゃんと宿題を終わらせたのに、出来てない弟のほうに皆んな集まって助けてる。
何でかなぁ?何でこんなに淋しいのかなぁ?分かんないけど悲しいなぁ。
我慢しないで泣いてたら、「どうしたの?」ってこっちに来てくれるかなぁ?って思ったんだよな。

それなのに「何なのっ⁈何で泣いてんのよ‼︎寝なさいッッ‼︎」って怒られたからもっと悲しくなったんだっけ。

トンレンができる今にして思えば「宿題が終わらず不安と焦りで半泣きの弟の気持ち」が当時の自分に入って来てただけって分かるけど、当時はそんな事分からないし、その後に淋しくなったのは自分がほっとかれてる感じがしたからで、宿題を終わらせた自分をちゃんと褒めて貰いたかったってのもあったな。

7歳の自分の気持ちを共有してから、当時の自分では気付かなかった事を一緒に話しあった。その時の両親の気持ち、弟の気持ちを考えた。
あの時、自信を生むほどにもっと意識しておけばよかったのだ。
だから何十年も経ってるけど、当時の7歳の自分に向かって褒め倒した。

最初の10分くらいは、両親と弟の事を否定してる7歳の自分だったけど、後半の10分は、少しずつ見方が変化して最後はスッキリした表情になった。

「わかった。まんぞくした。じぶんでできるのはいいことだね。」

7歳の自分と、今の自分が混ざって同化した。わだかまりをザブザブ洗って、また1人、現在の自分の味方が増えた。