ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

中身がいないとゆーこと

自分が中学二年生の時、一緒に暮らしていた祖母は亡くなった。

学校から帰ってきたら、布団に横になって、くるしそうにむせて咳き込んで喋る事が出来なくなってて、駆け付けた親戚のおばさんが手を握りながら話しかけてた。
自分にとって、救急車で運ばれるまでの数分間が、生きた祖母をみる最後になった。

明け方に連絡が入って、親と一緒に病院に行った。行ったけど、病室には大人達だけしか入れなかったから、弟と2人で廊下で待ってた。
ずっと待ってたけれど、そのうち母親がでてきて「お前たちが居てもしようがないから帰って支度して学校行きなさい。」と言ってきた。
そこに居たかったけど、学校に行った。
「居てもしようがないから。」って言われたのは哀しかった。

普通に授業が終わって急いで帰ってきたら、沢山の親戚が集まってて、今まで聴いたこともないような恐い声で泣いてたり、近所のおばさん達が台所で手伝いをなさっていた。大人の誰もが忙しく動いたり集まって話してた。
自宅が、いつもの自宅ではなくなってるとゆーのは、とても異常で、気持ち悪く感じてて、自分は何をしてればいいのか分からなかった。座ってても、立ち尽くしてても何をしてても気まずく感じた。
居場所がなかった。

祖母の亡骸は顔の部分に布がかけてあって、身体は布団で覆われているから、首の一部しか見えない。
当たり前だけど、動かない。
じーっと遠くから見てても、寝てるのとは違う感じなのが分かる。

自分は、感覚的にどうしても近くに行きたくなかった。そのかわり人が入れ替わりに亡骸に手を合わせたり、泣いて話しかけてるのを遠くから見てた。
「アレはもうおばあちゃんじゃない。」
って感じてたから、なんで他の人たちは、おばあちゃんじゃないのに話しかけて泣くのかが不思議に感じてた。

次の日に、親戚のおばさんに呼ばれて仕方なく一緒に亡骸を見た。
目を閉じてる、おばあちゃんによく似た物体があった。
ほら、やっぱりおばあちゃんじゃない。
本物はどこに行っちゃったのかなぁ?って探しに行きたいくらい、別物だった。
結局、自分は式が終わるまで淋しさを感じなかった。
周りの大人は、自分の事を変なコだと話してた。

いつまでたってもいつまで待ってもおばあちゃんがどこにも居ないから、1週間後の夜見た夢で会えた時に初めて淋しいと思った。
その時のほうが、本物だったからだ。

翌年には祖父が逝った。
母親や母方の祖父が逝った時も、亡骸をみては中身がいない。って感じてた。
自分が成長してく間に、親しい人が時々なくなって、その度にどこに行っちゃったのかなぁ?って思ってた。

そうやって考えながら知ったことは自分の身体は、ここに残していくってこと。
ここにいる間は、意識は身体に入ってるってことだった。
今はこうやって、自分の意識をここに表すために文字を入力するために指が動いたり、誰かと逢うために身体は動いてくれてる。呼吸法の練習をしたり、ご飯を食べる。綺麗なものをみたり、面白い事を体験する。

周りの人たちも含めて自分は、一時的に身体をレンタルしてるだけだと思ってる。ゆうがたヨクサル仕様でレンタルしてるのだ。

ここでの終わりまでに、何を考えて何を見つけていけるだろうか。
コレはねー、ワクワクします。