ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

学びリスト

先日の瞑想状態の時に感じたアイデンティティーを、自分なりの言葉で表現すると、「自分の本質」とか「魂」とか「自分の芯にある想いそのもの」だとかになる。
もっとうまい言い方があればいいんだけど仕方がない。どれも仮の表現でしかないから。

今までずっとアイデンティティーとゆーのは何なのか?ちっとも分からなかった。
「アイデン&ティティ」とゆー、みうらじゅんさんが唄った曲で言葉として知っていただけだ。本も読んだけど。
言葉でどれだけ調べても、理屈でどれだけ分かろうとしても、自分の身体からはスルッと出ていって身に付かなかったし、近付けなかったんだよな。

でも、体感で、こーゆーものだ。って身に付いたから、解る。

ゆうがたヨクサルの考えた「これをやりたい」って事に、自分の本質(アイデンティティー)が反応してるとゆー事は、どんな意味があるのか?

反応には種類がある。
本質の部分で、それを嫌がってる様ならば、やらない方が楽だし、やってもいい方向には向かない。必ず邪魔が入るか壁があるからだ。ここでいう壁とは、段階として乗り越えるための壁ではなくて、そっちじゃないよ?って気付かせて貰うための壁。
本質が嫌がってるサインとは、胸の奥や喉元がギュッと辛くなる事で判る。
心底楽しめないし、空回りばかりする。

本質の部分で、それを悦んでる様ならば、した方が楽だし、段階として乗り越えるための壁や現象に取り組んでいて、ぱっと見嫌なんだけどもワクワクする。

「自分の本質」とは自分の生き方を知ってる存在で、その中には「今回の人生で学ぼうとしてる事リスト」がある。
「これをやりたい」って思った事が、その学びリストのひとつにあてはまるならば、「正解〜‼︎」って反応するし、自分の体感も同等な悦びで満たされるんだろう。

もーね、うまく説明出来なくて申し訳ないんだけども、得た体感から考えるとこんな表現になる。