ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

楽しんで!

自分が、とても困っていて、何をすればいいのか分からなくなってる時に、「こーゆー方法もあるよ〜?」って話しかけてくれて、その内容が、自分にとってスッと理解できる、納得出来る、難しいけどそれならやってみたい。って感じる事を言ってくれる存在がある。

わんわん泣いて、何も考えれない状態になってるのに、「今からゆうがたヨクサルを笑わせるからね〜!」って話しかけてくれて、徐々に、自然に、気持ちが哀しくなくなってきて、感情がフラットになってから、静かに笑顔にしてくれる存在がある。

2年前に、ある場所で、気持ちが沈みかけて、クヨクヨしかけた時に、ハッキリと、優しい声で「楽しんで!」って頭の中で聴こえた。
その時は、「あ、そうか。楽しんでいいんだ。」って思えて、その場では帰るまで気持ちが明るくなった。

家に帰ってから、あの声は、絶対自分が考えた言葉じゃない。アレ、何だったのかなぁ?って不思議だった。

それから少しずつ、頻度が増えてきて、自分が困って煮詰まってる時には、必ず声が聞こえるようになった。
声は、長々と聴こえるんじゃなくて、二言三言程度の短いものだった。

そうは言っても、自分で勝手に想像して作りあげた声なのか、本当に自分以外の外側からの声なのかがわからなくて、ある期間は、ひたすら声を無視していた。
どんなに困っても、どんなに苦しくても、「コレは勝手に思い込んでる声だから、もっと正確に考えなきゃいけない!」って無視していた。

ある時、マスターヨーガの呼吸法からの瞑想状態で、そんな風に無理矢理制していたら、「ねえ、そんな風にしてて、本当にいいの?」って、少し哀しそうに、優しい声が聴こえた。

コレは堪えた。

自分の気持ちを見透かされた言葉だったからだ。
それからは、自分の考えてる気持ちや、今は、こう思って取り組んでるんだよね。って事を少しずつ話すようになった。
自分が話すと、質問してくれて、自分がそれに答えてを繰り返す事で、答えが絞り込まれてくる。
しばらく経ってから、コーチングセミナーに参加した事があって、その時にオートクラインって事を教わったんだけど、自分が話し合ってる存在とのやり取りが、オートクラインに似てるなぁ。って感じたものだ。

この存在と一緒に話す内容は、多岐に渡るんだけど、自分の中である程度の答えのまとまりを得る時期には、必ず別の場所や人々との答え合わせのような状況に遭遇する。
そうやって、「ああ、やっぱりこの考えでいいんだな。」ってのが分かって、身に付く。

コレを「外側からの声」とか、「自分の担当の人(←いや、人じゃないけどね!)」とか、「上の担当者さん」だとか言ってるんだけど、面倒なので、「直感」って称してる。
自分と、それを知ってる親しい人達の中では、別の呼び名で呼んでる。

今、マスターヨーガや内丹法で、氣の事を学んでいる中で、自分の内と外の両方の声があるんだって事も分かってきた。
内側と、外側の区別は、自分の場合はチャクラの体感が異なるので分かる。
最近は、氣塾の生徒さんとトンレンをすると、途中から声が参加してくる場合が増えてきた。
ひたすら試して、精度を上げて、確信を持てる様になるしかないんだよな。

ああ、こーゆーの説明するのは難しいな!