ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

違うよ?

朝、風呂入ってマスターヨーガの呼吸法②④を廻す。
通勤電車の中で内丹法②〜⑦→退陰符→瞑想する。

学生の頃、バンドをやってたので、友達や知り合いの人達のライブにもよく観に行っていた。
自分達とは違うジャンルの音楽でも、ちょっとコワイ人達の対バンでも、興味があれば関係なく観に行っていた。
ギターの人の弾き方をガン見しては、この人のピッキングはかっこいいな。とか、単音でメロディー追うのも面白いな!とか、参考にして自分も練習したり、曲を作った。

ある対バンのコピーバンドがとてもカッコよかった。
演奏技術が上手いのは勿論だが、ゴツい5人の男性メンバー全員がとても愉しんで演奏するのだ。
観客の中には何人も自分が知ってるギターが上手い人達が観てて、その人達でさえ「相変わらず上手いな〜‼︎」と唸るのだ。自分は、一瞬でファンになった。

それからは、欠かさずライブに行ってはガン見した。自分達がやっていた音楽のジャンルとは違ったし、とっくの昔に解散しちゃったけど、今でも一番大好きで尊敬するバンドだ。
あんな感じに自分も演奏出来たらいいなぁ!といつも考えて練習した。

体格も技術も振る舞いも、自分には到底同じにはならないのは分かってたけど、気持ちだけは絶対に近づこう!と考えていた。
そうやって、自分が取り組むものに、影響を与えてくれる人達とゆーのはとてもありがたい存在だ。

卒業して社会で働くようになってからも、時々カッコいい仕事をする人達に出逢える機会があった。
自分にはない、発想力や行動力に影響を受けて仕事や日常で真似した。

自分の場合、毎回そうなんだけど、いつの間にかその人達は自分とは違う場所に去って行く。
目の前に居たはずのお手本が、理由は様々に去って行く。どんな場所でも、職業でも、絶対に居なくなる。

去った後は、その人達の振る舞いを思い出しながら夢中で頑張ったけど、いつも1人だったから辛かった。
同期の仲間も、1人去り、また1人去り、どんどん減っていく。

そうやって、事あるごとに1人でやる事になり、お手本を真似したくても、それに該当しない出来事も増えて、無い知恵を絞り、枯れて折れてを繰り返した。

こんな自分が、例えば責任ある立場になってしまうとゆーのは、とてもプレッシャーだった。年々、その気持ちは大きくなって、いつまで経っても自分が思う理想の形をこなせないのを嫌になった。
お手本を思い出す事も忘れてしまってた。

そーゆー20代と30代半ばを過ごして、何度か環境をかえて、いつものように、お手本の無い中で日常を送っていたら体調を崩しだした。

周りの景色がグルグル回って、立ってられないほどの眩暈とか、椅子に座ってるのに、平衡感覚が無くなって急な坂道に居るような重力を感じたり、動くものを見るだけで酔って吐き気が止まらなくなったりした。自分の身体なのに、思うようにならないのだ。

コレは序章だ。この後更に色んな体調不良が起きるのだが、とにかく酷かったとだけ言っておく。

何件も病院で検査したり、MRIもやったけど、何の問題も有りません、ストレスでしょうね。といつも言われた。
何の問題もないのに、薬は処方されるのだから、不思議だよな。

あの頃は、尊敬する人達から「元気」や「やる気」をいただいてたし、若さで何とかやって行けたけど、自分を見つめる機会を作らなかった為に、自信もつかず、こだわって理想のやり方しか考えて無かったから、周りの一緒にいた人の協力も気付けなかったんだよな。

体調を崩して初めて自分がどんな状態なのかに気が付いた。

超イヤな奴になっちゃった。

頑張ってたのに、正しい事をしてた筈なのに、何でだ⁉︎って怒ったけど、身体が壊れたとゆー現実が自分に教えてくれた。「違うよ?」って教えてくれた。

1人だって思ってるのも違うよ?
身体を無理してまでやってやってるんだ!って、思うのも違うよ?
こうあるべき!って怒ってねじ伏せるのも違うよ?

自分が憧れた人達の誰一人として、こんな感じじゃなかったのも思い出した。
カッコいいなぁ!と影響を受けた人達は、ご自身が最も愉しんでいらした。
その部分を自分は憧れてたんだよな。

身体が違うよ?って教えてくれてからは、じゃあ、どうやって行こうか?って身体と心とに相談しながら少しずつ変えてった。
今の自分は、ちょっとだけ、あの人達と同じように愉しめるようになってきたよ。


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