ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

こぼす、割る

朝、風呂入ってマスターヨーガの呼吸法②⑦を廻す。
通勤電車の中で内丹法②〜⑦→退陰符→瞑想する。

小さな子供は食事中、飲み物の入ったコップを倒してしまう事がよくある。
自分も小さかった頃は、食事の時に麦茶の入ったコップや味噌汁のお椀をひっくり返しちゃったりしていた。
お箸もピョーン!ってすっ飛ばしちゃったりもした。

不思議と液体以外のご飯茶碗や、オカズのお皿は倒した記憶がない。
いや、実際はこぼしたり、倒したり、テーブルから落っことしちゃったりもあったと思うけど、記憶がない。液体系の想い出が濃い。なんでかなぁ?と考えた。

奥にある漬け物のキュウリを取ろうとして、手前に置いてある麦茶のコップに腕が引っかかったりとか、飲みかけの軽くなった味噌汁のお椀になんかの拍子で打つかってこぼしたりだとかさ。

液体が入ってるそれらを忘れて、別の物に集中しており、全体の配置を把握してないからそーなる。

1度こぼしてフキンで拭いて、数分後にまたひっくり返してしまった事もある。
こーゆー時の周りで食べてる大人達の「ああっ〜〜⁉︎」とゆー残念な感じと怒りと焦りの入り混じった場の空気をとても憶えてる。そうだ、コレだ。
この時の、場の空気や、液体をこぼす行為とを同時に記憶してるんだな。

当時の自分としては意図して倒した訳ではないし、あのね、お椀が勝手に倒れるんだよ!って思ってた。
今の今迄楽しく家族で食卓を囲んでおいしくご飯を食べていたのに、テーブルに液体が拡がっただけで周りの態度が豹変するのが不思議だった。

「こぼす」ではなくて、更にまずいのは「割る」だ。

テーブルから茶碗やガラスコップが落ちる。凄い音がして、破片が飛び散って、食べ物が散らかる。
「ああっ〜〜⁉︎」どころではなく、「何やってんだぁぁっ‼︎」って叱られる。
事態の派手さはこっちの方があるけど、液体系より印象が薄いのは何でかなぁ?
場の空気より、変化した物質の方に集中してたのかなぁ?

小さい子供は、食べ物を粗末にしたのと、器を壊してしまったのと、汚した床やテーブルと、食卓の楽しさを消してしまった事、それらを場の空気と供に何度も経験することで、「コレはやったらダメなこと。」って学んでくのだ。

少し成長すると、コップを倒さない様に気を付けながら奥にある漬け物を小皿に取る様になってくる。

だが次は小皿に入った醤油に、袖が浸らない様に気を付ける。って難関が待ち受けてるぞ。ソースをかけ過ぎるなとか、お腹の空き加減でお代わりをしろだとか、細かくなってくるぞ。

物事は単体では成り立っておらず、相互関係がある。工程、段階を経てレベルが上がっていく。
ああ、こうやって学んでくんだな。


☆東京氣塾2月15日(日)神保町で開催☆

★大阪氣塾3月29日(日)神戸市にて開催★

↓詳しくは氣塾サイトでご覧下さい