ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

買い物中は手を繋ぐ

自分にはひとつ下の弟がいる。

とても小さい頃、常に弟がいて、すぐ人の真似するし、しかも直ぐ泣くのだ。面倒くさい。

親と出掛けて買い物をしてる間は、うろちょろ迷子にならない様に、弟の手をしっかり繋いでいなくてはならなかった。

ジッとしてるのが苦手な弟を、いかに飽きさせずに静かにさせてるか?で、そらもー工夫しまくる。

最初はとにかく手を繋ぐ事を嫌がるから、気をそらす為にいろんな景色や物を指差して見せる。「あ!あそこに犬がいる!」とか「ほら、黄色の看板だね〜。」とか「コレなんだろうね?沢山あるねぇ。」と瞬時に見つけては、弟が認識すると同時にまた違う物を指差す。

情報で一杯になってれば、弟は飽きないのだ。

でも、何回も繰り返すうちに、弟は集中が出来なくなってくるから、また嫌がったり、何処かに走り出しそうになる。

次は、少し音楽とリズム感を付ける。
繋いだ手を軽く振って、手近な見えてるものを数え出す。
「クルマ、停まってるね〜♫カッコイイねぇー♪何台停まってるのかなぁ?数えてみようねー。いーち、にーい…」

最初に自分が数えて聴かせると、弟が勝手に真似してデタラメでも数え出すから、コレで結構時間が稼げるのだ。
クルマに飽きたら、弟の好きな黄色の物探しとか、リズムにのせて手を繋ぎながら話す。
あまり大きな動きになると、うるさいし、エスカレートして興奮してくるから微妙な加減で鎮めながら話す。

場合によっては、何を言っても何を見せてもゆうこと聞かない時もある。
そんな時は、ひたすらに手を繋ぐ。黙って話さない。弟が何を言ってもスルーだ。手だけはしっかり気を付けて力を入れてるけど、自分の頭の中では「つまんねぇー。」と考える。実際、小さすぎて会話にならん弟の面倒をみてるのは楽しくないしな。勝手にさせとくと、怒られるのは弟ではなくて、年上の自分なのも何でだよ!って不満だった。

「つまんねぇー…」と考えてると、そのうち弟もつまらなく感じて来るのだ。
本人も、あんまりつまらなくて退屈になるから、だったらゆうこと聞いて話してる方が幾らかマシかもな。と気付いてくるらしい。
少し大人しくなった弟は、自分に話しかける。たどたどしい言葉で黄色い物を指差したり、クルマの数をデタラメに数え出す。かまってほしいのだ。

そのへんの弟なりの歩み寄りとゆーか、頑張りを暫くみてから、自分はニコッと笑って、新しい珍しい物を探しては弟に指差して見せる。

何十年も経って、親戚一同が集まる法事の席では、弟の嫁さんと、その子供が場を明るくしてくれる。
小さい子供を見て、親戚の叔母達は彼女らの子供達が同じ位の年だった頃の事を思い出して話す。
赤ちゃんだった弟や、いとこの女の子が、泣いたりしていると、「ゆうがたヨクサルが翻訳してくれたんだよ!」と話す。「泣いてるのを見て、のど乾いてるんだってさ。とか、起き上がりたいって言ってる!」って教えてくれてたんだよね。小さい子供ってのは、赤ちゃんの言いたい事が分かるんだねぇ、ふふ。」

はあ、そすか。いや、そんなん憶えて無いっす。

でもなぁ、手を繋いでて、つまんないが伝わったり、泣いてるのを見て翻訳したりってのは、トンレンって事だよな。
氣の循環。想いの循環。想いの同期。

子供は氣の流れを感じて、思いを伝え合う。素直な分だけ、色々分かってたんだろうな。

大人も素直になればいいのに。