ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

地味点

昨日のパイ皮を含めた残り物の材料でクッキー的なものを作った。

f:id:yuugataJoxaren:20141231221443j:plain
数粒残ってた素焼きアーモンド、甘栗をミキサーで粉砕して、余ってた甜菜糖シロップを混ぜてペーストにした。
パイ生地にペーストを塗って三つ折りしてさらにロールに巻いたものをカットして焼いた。

こーゆー、余り物でなんとなく作る時に、それぞれ半端な分量だったのに、ぴったりちょうどいい具合に使い切れると大変スカッとする。とても面白い。

今回のおやつは、作ることを想定してなかったけど、そういえばアレが残ってるから使おうか?とか、じゃあどうやって組み合わせようか?とか、出来上がりはどんな感じにしたいか?だとかを考えながら用意した。

おやつを作る以外でも、こーゆー時はある。少しだけの材料で、余り物のアイディアで、残り物の想い出で、ぴったりちょうどいいものが出来る事がある。
この時の為に、今の今迄取っておいたんじゃないのか?と感じるくらいちょうどいいところにハマる。

たまたま、偶然にも、期待してなかったけど、なんとなく、全てフラットになってる時にそーゆーのは始まる。
大抵の場合、人は、それを意識なんてしない。日常のほんの一部の点だから。

自分も2年前はそうだった。日常の点なんて、なんの魅力もなかったから。点の見かけは、いつだって超地味なんだよな。

でも、ある時から「アレ?」と違和感を、もしかしてコレって?とゆー、面白いものに気付く様な違和感を覚えた。

違和感を意識しながら、そのままフラットに行動をすると「あー、ほらやっぱりそうなんだ。コレがココに収まるのか〜。」と分かるようになってくる。

初めは単純な、身近な簡単な事からそれを体験する。
部屋で振り向いたちょうどそこに、次に使うものがあるとか、それを使って関連したものが自分の動作の流れにそって楽に集まってくるとか。

身近な簡単なワンシーンから、徐々に複雑で長時間にわたる事になってくる。
歩いていても、何日も続いても、そーゆーことはある。ハイ、ここでひと休みー。まとめて下さいー。ってなるまでそれは続く。やってる事は、点の連続体を見てるだけなんだけど。

ちなみに点に気づく事が出来ても、乗っからずに無視すれば、ただの日常のふるまいでしかない。続きは無い。

面白いのは、自分自身で、そこに気付いたものだけが点の連続体に参加出来るのだ。たとえ一緒に行動してる人がいても、その人は全然気付かないからだ。

年末なのに、何だかよく分からない話をしてるなぁー。
自分の様なブログを毎回ご覧になって下さった方に、ありがとうございましたを伝えます。

来年も超地味な記事を書く予定ですが、それでもお付き合い下さる方、どうぞよろしくお願いします。

ゆうがたヨクサル