ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

選択するのが自分

朝、風呂入ってマスターヨーガの呼吸法②を廻す。
通勤電車の中で内丹法②〜⑥→退陰符→瞑想する。今日の瞑想はこの1ヶ月間に起きた事やそこから感じた事、まとめと今後取り組む事を考えた。
今日から出来る具体的なことを2点絞ってイメージしながら2番を廻した。

仕事中に、何故か中学生の頃に聴いていた音楽を思い出した。頭の中で次々と当時の邦楽が流れてくる。懐かしいなー。何で急に思い出したのか分からない。

曲は、作者達の想いが音や詩に変換されて現れてる。
想いは通常、自己の内側にある。自己の外側に向けて伝える為に、人は感覚器官を利用する。
想いは魂だから、その作者の魂の一部分が、外側にいる自分に入ってくるとも言える。
影響力が大きければ、入ってきた想いが自分の魂の一部分にもなる。

音楽以外にも、美術や文化、人との関わり、自然との関わり、経験から生じた感情、全て想いの受け渡しがある。
極小の想いのひと粒ずつが集まって現在の自分の魂が出来上がってる。

ゆうがたヨクサルの身体は、食べた物と、呼吸と運動と、両親の細胞の一部分から出来てる。

食べた物を細かく分解して、体内で酸素と共に血液中に流れて必要な部署に利用する。元を辿れば、りんごとか海藻、お米や野菜や豆なんだけど、いつの間にかゆうがたヨクサルの身体と呼ばれるものになってる。

小さな粒で考えると、身体も魂も、自他の境界が分かりずらい。何処迄が自分で、何処からが他なのかなぁ?
何処からって分からないのに、実際には別々の物に見えてる。面白いなぁ。

境界は分からないけど、分かってきたこともある。ゆうがたヨクサルの身体と、感情とか想いの本体である魂の2つを、整える事が出来るのは、「自分」だとゆー事。

好みの、理想の状態に整える為に、常に自分が選択していくこと。選択の積み重ねで今の状態が出来上がってること。自由に選択出来るとか、自分で決めるのって、とても幸せな事だ。

状態の出来上がり方は、人それぞれ異なってる。それが個人とか、他と呼ばれるものになる。

先日から考えている「自分」って何ぞ?の答えに少し進めたよー!わっしょーい!


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