ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

食べ物さがし

昔の、相当むかーしの人は、安心して寝る所を探すのと繁殖行動の為に相手を探す事と、食糧を確保する事で1日があっとゆー間に終わったのかもしれない。

睡眠欲と性欲と食欲が三大欲求とよく云われるけど、メインはやはり食糧を確保するって事だったんじゃないかなぁ。

「どうやったらより良く得れるか?」を考えて、獲物を捕まえる罠とか道具とかの工夫がなされてくる。

素手で捕まえられない小動物とか木の上の鳥だとか、川の魚を道具を工夫する事で捕まえる回数も増えたんだろうな。

狩りは広い範囲を移動する場合もあるから、知らない人間同士が出逢った場合、テリトリーの問題だとかのイザコザもあっただろうな。仲良く交流出来るかどうかは、食糧事情に余裕があるかないかの度合いで変化したんじゃないのかなぁ。

食糧が無くてかなりヤバい状況では、掠奪とゆー行為もあったと思う。

狩りの道具は人を殺める武器にもなっただろうから、人数と性能の良い武器とを持つ側が防いだり掠奪出来たりしたんだろうな。

「あそこの部族の武器はスゲえ」みたくなって、真似して作ったりして更に高性能の武器や道具が出来る。

食糧も保存とゆー工夫がなされて、燻したり干したり塩漬けしたりする。芋や木の実や種は埋めて育てると時間はかかるけど実がなり食べる事が出来る。

生きたまま捕まえた動物は、家畜として保存する。そのうち、捕まえに行かなくても繁殖させて増やせばいいと考え出してだんだんと定住地で暮らす様になってくる。

定住地があると、近隣の部族と婚姻する事で一族が増え、集団が増えるから良いことも酷いことも色々と増える。なるべく穏便に済ます為に、ややこしくならない為にルールも出来てくる。習慣や風習がそれに当たるのかもな。

それから掠奪や争いが起きた時、家畜や女性は勝った方のものとなったんじゃないかなぁ。奴隷や畠や家畜があると、一日中食糧を確保する為に歩き回らなくてもいいし、身の周りの面倒な仕事はやって貰えるし、その勝った方の人にとっては楽になる事だったのかもな。

ある面で楽にはなるだろうけど、人間の数も更に増えるからイザコザもあるだろうし、天候不純や病気の蔓延や災害なんかでまだまだ困る事もあっただろうな。

労働から離れた余裕ある人間達が、自然の中に不思議さや完璧さを見て取るようになって、「何だか分からんがスゲえ!」と自分達よりも大きな力と考えて祀るようになったのかなと。だからルールである習慣や風習もどんどん変化していったと思う。

権力のあるヤツがスゲえー!スゲえー!と行ったり言うもんだから、周りの人も「何だか分からんが偉いヤツがスゲえって言ってるからそうなんだろうな。」とか思ってたかもな。

人によっては「それは違うんじゃないかね〜?」と思ってても、生きる為に黙って従うこともあっただろうな。

この辺になってくると、人の階級や立場で自由に振る舞えなくなってくる。奴隷は主人に従うし、戦士は部族や国を守るし攻め込み、神官は人と神を繋げる。王はより良くを求めて勢力範囲を広げようと考えたりするし、1人ではどうにもならない様な事も大勢で取り組むことで為し得たり出来たんだろうな。

もし、最初から簡単に楽に食糧が手に入る自然環境であったらどうなったのかなぁ。そんなことはあり得ないと思うけど、簡単に楽に皆んなで食糧を確保して分け合う余裕があったら、「より良く」の工夫も無くて原始的な暮らしのままだったかも知れない。むかーしの人が困って工夫して争ったから今の自分の暮らしがあるんだよな…

何で食べる事に皆んな関心があるのか?欲求って何だ?とか考えてたら、こんな感じの事が思い浮かんだ。

今日まとまる様な話でも無いからコレで終わり。