ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

飲むこと

昨日、出掛けた帰りにハーブコーヒーの粉を買ってみた。寒くなってきたから温かい飲み物が美味い。

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何種類かある中で、スペルトとゆー麦のコーヒーを選んでみた。
よくある穀物コーヒーの味わいで、酸味はなく香ばしさがある。超濃く煮出した麦茶に近いかんじかなぁ。

何十年も毎朝エスプレッソコーヒーを淹れて飲んでたけど3年前から家ではコーヒーを飲まなくなった。替わりに紅茶を豆乳で飲む。
習慣になっていた事を替える時とゆーのは、身体や思考が戸惑う。アレー?コーヒーじゃないのー?とソワソワする。
でも替えた新しい習慣が定着すれば、身体も思考もソワソワしなくなる。

飲み物ってよく考えたら、面白い。

喉の渇きを潤すだけなら水でいいし、寒いならお湯でいい。
昔の人は水をのんでたよな。
それから火を使うことを覚えて、土器や鉄器で容れ物が出来たから水をお湯に沸かすことが出来た。

食べ物を水と一緒に加熱する事で柔らかく食べたり、スープを飲めるようになった。
草木を水で煮込んで飲んだら、「この草木は飲むとスッキリするなー!」とか「なんかこの豆食べるより飲んだ方がいー感じじゃね?」とかで毎日飲んだりして、その辺から食事とか薬としてよりも、いわゆる「お茶」として嗜好品の様な感覚になってきたんじゃないかなぁ。

お茶は空腹を満たす食事の一部とか、喉の渇きを潤すとゆー事から離れた。
茶を淹れて振舞うとゆー行為は、1人にしろ多勢にしろ、考え事をする為の時間になったり、もてなす気持ちを表す事だったり豊かな行為に変化した。

凄く面白くて贅沢な行為に思えてきた。

茶器やら飲み物の種類やら作法や習慣が、人間の棲む様々な場所や時代の数だけ多様になってる。
何にもしないで、互いに向かいあって話すとか、考えるより、飲むとゆー動きの中で話したり考えたりするほうが、色々進むんだろうか。水やお湯とは何が違うんだろうか。やっぱり特別感かなぁ?


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