ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

余白も全体の一部

雑用を片付けてから上野にある東京国立博物館で開催中の日本国宝展に行ってきた。
向かう電車の中で内丹法②〜⑦→退陰符→頭頂開調息の練習をする。

東京国立博物館は初めて行ったけど、広々として樹が沢山あってとても気持ち良かった。2時過ぎに到着したので、もっと早い時間に来て外を眺め歩けばよかったなー!と思った。

自分が観たいなぁ、と思ってたのは善財童子立像と合掌土偶。混んでいたのでサッと観て終了する。
16世紀の室町時代に描かれた狩野永徳の花鳥図がとても気に入った。
余白が絵の一部になってて、伸びやかな描き方で、鳥が活き活きとしてる。
素敵だなぁー。としばらくニコニコ眺めてたら隣で鑑賞していた女性2人が「鳥の鳴き声が聞こえてきそう!」と話していた。ですよねー!鳴いてる。

博物館や美術館で鑑賞すると、展示品によっては氣の体感がある。
今回は渓陰小築図(けいいんしょうちくず)とゆー掛け軸を眺めてたら、ある部分の箇所で何だか急に泣きそうになった。

文字が書いてあるんだけど読めなくて意味が分からないし、他の部分に視線をずらすと何ともないのに、その部分を目で追うととても感極まりそうになる。

氣の体感理由として考えると、コレは書いた方の想いが文字に残ってる。ってのが一番有力なんだけど、読めないんだよなー。何て書いてあるのかなぁ。

他にも埴輪やら火炎土器やら石器やらを満喫した。
昔の人の生活様式の変化につれて身の周りの道具も変化するのが興味深い。
生活の為に必要不可欠なものから、次第に装飾の要素も含まれてきて、ひとつひとつの展示品を眺めていたら「余分、余白、余裕」とゆーことを考えていた。

最近の自分はギチギチに詰め込んで毎日を過ごしてたんだけど、隙間や余白がないとつまらないなぁ。と気付いた。
今ひとつ物足りなかったのは、詰め込むんじゃなくて、隙間も作るって事だったんだ。余白も全体には必要なんだなー。

考え事をしてても、余白を何処かに持たないとうまくまとめられないんだよな。

余白かぁ、難しいなぁー。と考えながら帰りに東京駅構内の泥武士さんでベジ弁を買って帰った。
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本日は沢山の人や物の氣に触れたので、頭部まで内圧がパンパンである。
呼吸法で循環させて自分の栄養にさせてもらう。
こーゆー時は、退陰符→頭頂開調息→深呼吸する。


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