ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

柿の実コロコロ

近所の住宅街の垣根とか植木鉢とか家庭菜園とか眺めながら出勤してる。

柿の木を植えてある所があって、毎年秋になって葉が落ちた後に色鮮やかな柿の実がなってるとキレイだなぁと思う。

既に春の終わりから緑色で2cm程の実が出来てて道路にコロコロと落ちてる時がある。風が強く吹いたからなのか、鳥がぶつかってもげたのか、実それ自体が弱かったのか、掃除されては数日置きに気付けば落ちてる。

毎日歩いてて、少しずつ実が大きくなってくる。本当に少しずつなんだけど蝉が鳴きだした頃には柿の実らしい形になってきた。ゴロッと実が落ちてる。

朝晩が少しずつ涼しくなった頃に、ヘタと実の接してる部分がオレンジ色になってきた。毎日眺めてたから「おー!色付いてきたな〜!」とちょっと嬉しかった。せっかくここ迄色付いてきたけど、やっぱり何個かは落っこちてる。
大きくなってきたから数メートル先で見つける事もある。

全ての実が熟す迄、枝にある訳ではないのだ。

この事を今朝、ハッキリ認識出来た。
そんな事当たり前でしょ?何を今更と思うけど、なんとゆーか世の中には目に見えてたり、自分が知ってる部分はほんの一部で、その一部分の量よりもはるかに多くの部分があるんだよなぁと思ったのだ。

店で売ってる野菜が皆同じ大きさや形なのも、あらゆる優れた技術の製品も、キレイにパンのミミがカットされてるサンドイッチも、ペットショップの可愛いらしい動物も、その部分よりもはるかに多くの部分もあるんだと意識する事が出来た。

最初から野菜全てが同じ大きさや形ではないし、最初から全ての製品が優れてるのでもない。パンにはミミがあったし、ペットショップの動物には個体差のある兄弟がいるだろう。
これは一例なだけで、他にも沢山の状況がそうだなぁとバンバン浮かぶ。

自分はなんて無知なんだと思った。
日常の当たり前に見えてる物の奥行きが増えた。


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