ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

子の曰く、其れ恕(じょ)か

朝の通勤電車内で内丹②③④を廻してから陰の呼吸法で⑤⑥と上げて瞑想した。途中駅から遠足に向かう小学生の団体が乗車してきて車内が元気なワクワクした気配で一杯になった。

自分が小学6年生の時の事を書こうかな。

クラスの旗とゆうのがあった。いつもは黒板の真上に飾ってあって、遠足や社会科見学や集合写真撮影の時には必ず旗を持って行った。その旗にはクラスの組み番号とクラスのテーマとしての「恕」とゆう文字がデザインされていた。「じょ」と読み、人を思いやる気持ち、人が嫌がる事はしないとゆう意味だと先生は教えて下さった。

その頃は漢字一文字でそんな意味があるのかぁ〜。とか怒るって字に似てるけど全然意味が違うなぁ〜。とか思ってた。
大人になってから、それが孔子の言葉だと知った。

ヨーガと内丹法を教わってる氣塾ではトンレンとゆう行法がある。
氣を循環しあって互いの状態を分かり合う事で沢山の学び気付きが得られてる。

最初の頃は単に手に氣の当たる感覚しか分からなかったが、練習を重ねるうちに体感だったり感情が分かってきた。
フラットな状態で有りつつ相手の事を思う気持ちでするのが自分ではコツかなぁ。

上手く表現出来ないが「恕」の精神とトンレンは似てる所があると思った。
そしてとても大切な事なんだと思う。

小学生の時に大切な事を沢山教えて下さって田村先生有難うございました。